ミストライフ

VRクロエ

第1話

 夜が明けた。とはいえ、外はまだ暗く、人が活動するには適していない時間帯だ。

時計を見ると午前5時。これは遥か昔の人々が作った、時間という名の概念に基づくものらしい。


 700年ほど前までは、この時間には既に外は明るく、人もそれなりに活動を始めていたらしい。しかし、町は今も静まり返っている。

 顔を洗い、動きやすい服に着替えて外へ出る。いつも通りの街並みだが、空は相変わらず霧で覆われている。

 体を軽くほぐし、ゆっくりと走り出す。体が温まったら少し速度を上げ、疲れたら落とす――そんなリズムで街道を眺めながらランニングを続ける。


 1時間ほど走ると、静かな街に俺以外の足音が加わった。後ろから徐々に近づいてきて、気づけば横に並んでいる。

 これもいつものことだ。視線を向けると、幼い頃から見慣れた赤い髪が揺れ、整った顔が微笑んでいた。


「おはよう、アロマ」

「うん、おはよう、らっくん。相変わらず朝早くから走ってるんだね」

「日課だからな。それに、人が出てきて目立つのも嫌だし」

「そうだね。あたしもらっくんも、髪の色が普通の人とは違うから」


 アロマはわざと肩まである髪を揺らしながら、俺の白い髪を眺める。

 彼女の赤い髪は、この国の王族に由来するものだ。第3王女アロマ・フレグ・メリユース。本来ならこんな所で俺とランニングしている身分ではない。だが、アロマは軍にまで所属しており、王族だからと特別扱いされることを嫌って自由に出歩いているのだ。


 俺とアロマの関係はこうだ。俺は物心つく前にこの国の領内で拾われ、王城の近くの小さな家で育った。

 10年前、当時7歳の俺の前に現れたのがアロマだった。王族由来の赤い髪は特徴的で、すぐに彼女が王族だとわかった。

 初めて会う王族に俺は礼儀正しく接しようとした。そんな俺を見て、アロマは悲しそうに笑った。


 その後、ほぼ毎日アロマは遊びに来るようになり、仲良くなった。

 後になって理由を聞くと、「髪の白い少年なら、わたしを特別扱いしないと思ったから」と言う。小馬鹿にしたつもりで言ったことに、俺は怒ったのを覚えている。


 今では俺も軍に所属しているが、隊が違うため朝に会うか、アロマが家に押しかけて街を連れ回すくらいだ。

 今日はお互い軍関係の用事がない日で、ランニングもそろそろ終わりに差し掛かる。いつもの場所で足を止め、息を整えた。


「そうだ、らっくん。昨日、同じ部隊の子にご飯がおいしいお店を教えてもらったんだけど、一緒に行かない?」

「今日は予定もないし付き合うよ。昼頃ならどうだ?」

「なんか私がすごく行きたがってるみたいに言わないでよ。ま、実際そうだけど」

「たまには俺以外のやつも誘ったらどうだ?別に一緒に行くやつがいないわけじゃないだろ?」

「いないこともないけど、やっぱり気を使うみたいで……」

「そうか。じゃあ、暇なときは付き合うよ」

「うん、ありがとう」


 失言したが、アロマがうれしそうなのでほっとした。


 しかし、なんだかんだアロマと普通に接するのは他の人には難しいみたいだな。なんとかしてやりたいが、これは本人次第か……


 実際、俺がどうにかしようとしても無理だろう。俺たちが話しているときの周りの視線は、あいつ何様だと言わんばかりだ。


 それに、自分の問題もあるしな


 俺にできるのは、周りがアロマを普通に接することができるよう願うくらい。それが叶うまでは、とことん付き合うだけだ。


「じゃあまた昼に。11時頃、南区画前の噴水でいいか?」

「うん、そこで大丈夫。遅れないでよ?」

「わかってるよ」


 そう言うとアロマは手を振りながら走っていった。俺はそれを見送り、家の方へ歩き出す。

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