松木星蘭の追憶

甘恋 咲百合

遠い過去の青春

これは詩音が純玲と出逢う、詩音が産まれるずっとずっと前のお話。


――30年前。


高校生時代の松木星蘭せらはどちらかといえば暗い性格で、他を寄せ付けずいつも一人でいるような少女だった。


「松木っていつも一人だよね〜」


「ね〜。絡みづらいってかそこいたんだ!?って感じ?」


こんなことを言われるのは日常で、そんな立ち位置を本人は特段気にするわけでもなく、虐められるわけでもなく陰の薄い存在というだけである。


そんな彼女にも転機と言える出逢いが舞い込むことになる。


「はーいみんなー注目ー!HRの前にこのクラスに新しい仲間が増えることになった。自己紹介してもらえるかな?」


「初めまして。私、香山撫子なでしこと言います。よろしくお願いします!」


香山撫子と名乗ったその少女は、後の小日向撫子――詩音の母にあたる人物。

そんな彼女は星蘭の目から見ても明るく堂々とした佇まいでまるで夏の太陽のような眩しさだった。


あまりにも正反対な2人。自分には縁のない人物だと思っていたのもつかの間――。




「それじゃあ香山さん。えー…っとああそうだ。松木の隣が空いてるからそこに座って」


「はーい!」


急接近してくる太陽に軽く会釈をしてみれば、彼女は満面の笑みで手を振ってから席に着く。

その姿は歩いている時から、座る所作までまるでお嬢様のような気品を漂わせる。


「これからよろしくね!えと、松木さん」


「え、あ、え…はい。よろしく…」


いくら人と関わることがないとはいえ、あまりにも人馴れしなさすぎた反応をしてしまってさすがに反省する。


けれども彼女はそんなことを歯牙にもかけず、捲し立てるように話しを続けていく。


「松木さんって下の名前なんて言うの?」


「えっ……星蘭。星に蘭って書く」


「おぉ!凄く綺麗な名前だね!」


「え、あ…ありがとう?」


「ね、今日良かったらお昼一緒に食べない?」


「え、えぇ?まぁいいけれど…」


「やった!約束ね!」


流されるように昼食の約束を取り付け、午前の授業をいつものように受ける、受けるはずが…。


脇腹を突かれる感覚で横を向くと、香山さんがシーっとジェスチャーをしてノートを見せてくる。


「ねえ星蘭ちゃん。ここの問題分からないんだけれど」


「んー?ああこれはこの公式を当てはめてね?」


「……おぉ!できた!星蘭ちゃんって頭いいね!よっ秀才!」


「なにそれ…そんな褒めても何も出ないよ?ふふっ…」


急に煽てられるからありがちなセリフを吐いて思わず二人で笑い合う。

口角を笑顔に使ったのなんていつぶりだろう。


それからも毎時間香山さんは何かにつけて話しかけてきてくれて、お世辞抜きで楽しくなってきた自分がいた。


それに香山さんは毎回私に聞いてきているけれど、多分わかってて聞いてきている気がする。


だって私に聞いてくる時以外は悩む素振りなんて欠片も見せないのに――。


キーンコーンカーンコーン…。


「ん〜!やっっっ…と午前授業終わった〜!」


「ふぅ…香山さ……」


「ねえねえ香山さん!良かったらお昼一緒にどう?」


「……っ」


少し喜んでいたけれど、やっぱりみんな考えることは同じようで…香山さんの周りには沢山の人がわらわらと集まって、すぐに人だかりができてしまった。


期待したものの、やっぱり香山さんも明るい集団といた方が楽しいかも…と席から立ち上がる。すると――。


「あ、ちょ…星蘭ちゃんどこ行くの!?ごめんみんな!今日は先約があるんだ〜!また今度ね!」


「えっ……香山さん?!」


「もう!約束って言ったじゃん。今日は星蘭ちゃんとご飯食べるの!」


とても不服そうにむくれた香山さんは人目を気にせず、手を握って私を引っ張っていく。

引っ張る、とは言ったものの歩くスピードは合わせてくれているし握っている手はひんやりとしていて気持ちがいい。


なんて気持ち悪いことを考えていると、いつも私が昼ご飯を食べている場所を聞かれて何故かそこに案内されるような形に――。


「ここ…?」


「う、うん。静かで落ち着くし、誰も来ないから……ごめん。もうちょっと良い場所教えられたら良かったんだけれど」


「ううん!むしろなんで謝るの!そんな場所を教えてもらえてすっごく嬉しい!」


そう言って彼女は私に抱きついてくる。

あまりにも私への好感度が高すぎるのではないか?


「わかったから、ご飯食べよう?」


「は〜い!ね、お弁当の具1つ交換しない?」


「え〜?まあいいけれど…何が欲しい?」


これが私と、香山さん――撫子との最初の大切な、死ぬまで心を焦がすほどの思い出の1ページ目。

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