モンスターヒューマン
バリバリさん
第1話 少女と白狼
赤い眼光、光沢を放つ白い毛並み。
恐怖で砕けた腰のせいでピタリと床に引っ付いた少女は、目の間の光景を直視する。
両親の肩口から臍の辺りまで深く入った切り傷。
少女の両親は虚ろな目をしながら少女を見つめていた。
「……ッパ、パ……ママ……こわいよ」
10年前、少女は理解出来ぬまま両親の最後見届けた。
口元を血に染めた白狼の怪物を記憶のフィルムに焼き付けながら。
そして現在、少女は成長し古びたアパートの一室で一人暮らしをしている。
部屋には、布団と乱雑に散らかった服の数々。
ゴミ袋の中には、チップスなどの袋菓子やゼリーがぎゅうぎゅうに詰まっている。
錆びのないコンロ。空っぽの冷蔵庫。
生活感のない部屋。それでも、少女は生きている。
カーテンのない窓から放たれる直射日光で目を覚まし布団から這い出る。
不摂生な食事の割に、引き締まった肉体に目が惹かれてしまう。
華奢な肉付きの内側にあるスポーツマンの筋肉に。
「……ん」
布団から這い出た少女は、胡座をかき足裏を指で刺激する。
いくらか刺激した後、立ち上がり服を脱ぎ捨て、床に散った制服を腕に通す。
制服からは少女の体臭と部屋のカビ臭さがほんのりと匂ってくる。
「よいしょっと」
準備を整えた少女は、重そうなリュックサックと厳重そうな長方形の箱を背負う。
リュクサックの中には、高校で使う教科書を全て入れ込みパンパンだ。
「……よし」
玄関から出る前に適当に手入れをした長く伸びた髪をゴムで結ぶ。
切れ長の目をした少女は、今日も笑わずに生きていく。
「であるから~えー……」
今日も今日とて退屈な授業と眠りを誘うような声と格闘する東環高校二年生。
平和な日常でありかけがえのない青春の一ページでもある。
退屈な授業が、終わり少女は誰とも話さず教室を出ていく。
帰宅道、突然ブルブルと少女のポケットが振動する。
少女は、ポケットに入った携帯電話を取り出し応答する。
「はい」
少女の冷えた声の後。
声色の変わらない女の声が聞こえてくる。
――住宅地にてモンスターと交戦中、増援求む。
増援要請に少女の目は揺れ強い憎しみが動き出す。
電話を切り携帯をポケットに雑に押し込んだ。
――――――――――――――――――
住宅地の屋根を駆け巡る巨体。
前脚が二本、後ろ脚が四本、二又に分かれた尻尾が特徴的なモンスター。
その姿は、日本各地に伝説を残した妖怪に似ている。
――雷獣。
雷獣、現在ではハクビシンとされる妖怪。
つまり、このモンスターはハクビシンが怪物化した結果の可能性がある。
雷獣は、獲物を探すように鼻を揺れ動かす。
人の匂いを捉え四足の足が屋根を蹴る。
「……っひぃ」
締め切ったカーテンから薄っすらとオレンジ色の日差しが入り込む。
薄暗い部屋の主は、雷が落ちたような音に掠れた声が出る。
その瞬間、雷獣が部屋の主を悲鳴の世界へと連れ込んだ。
――バキンッ。
窓を突き破る音。
ガラスが飛び散り悲鳴の主の姿を映す。
体を抱え込み絶望する顔を。
――スパッン。
一瞬にて首を鋭い五本の爪で掻っ切られ悲鳴の主は息絶えた。
即死とはいかず5秒ほど血を流して死んでいった。
雷獣は、死に絶えた人の肉を喰らい始める。
噛むごとに血をそこら中にまき散らし血の海へと変えていく。
血肉を喰らい終わった雷獣の目がカっと開かれる。
雷獣の肉体がボコボコと膨張と収縮を繰り返し。
四本の後ろ脚と二又に分かれた尾が溶け合い1つの大きな尾へと変わる。
「ハアアア……イイネエ」
雷獣の瞳に狂気から理性のようなものが光る。
その瞬間、部屋の扉が蹴り開かれる。
4人組の重装備を持った集団が雷獣のいる部屋へと侵入。
軍隊のような集団は、雷獣を視認すると同時に重火器による掃射を始めた。
マズルフラッシュによる閃光が激しく点滅し、銃声が部屋を揺らす。
無慈悲な銃弾の嵐に雷獣は成すすべもなく壁へ叩きつけられ。
圧倒的な火力の前に跪く。
跪きながらも嵐に耐え続ける雷獣は、ゆっくりと下に向けられた視線を上げていく。
雷獣の瞳は、恐れを抱きながらも冷静に集団に向けらていた。
銃口の数は4つ。
集団は部屋に侵入後、一斉掃射。
弾倉が尽くタイミングは同じ。
雷獣の脳内で情報が整理されていく。
(マダ……マダ)
壁に打ち付けられながらゆっくりと両腕の先に付いた鉤爪を床へ突き刺す。
体を集団の方に向け一直線。
雷獣の体は、床と平行になるように浮いていた。
Y字に構えられたその姿勢は、スリングショットのように後方に力を貯める。
銃弾の雨が終わる瞬間。
(イマ……‼)
力の解放。
弾丸のような速度で雷獣は、集団の間を抜け出しながら首をへし折る。
安堵、雷獣が得たその心の安定は一瞬にして消え去る。
部屋を抜け出した雷獣は見てしまった。
首をへし折られながらも冷静に雷獣の姿を捉え続ける集団の姿を。
危険信号、不気味な感覚。
黒の戦闘服を着たフルフェイスの集団は、銃を捨て一斉に雷獣へ飛びつく。
雷獣は、転げながら階段を下る。
玄関が見え勢いのまま脱出。
雷獣の視界の端には、集団の体が閃光のように輝いてる姿が見えた。
――ドドドッバッ、ババッン!
高温と衝撃波そして爆裂音。
雷獣が侵入した家は一瞬にして瓦礫の山となった。
「ア、アタマオカシイ……オカシイィヨ……」
無我夢中に住宅街を逃げ回る。
フルフェイスの集団による自爆行為に恐怖と困惑が頭を支配しだす。
雷獣の視界が狭くなる。
自身を狙う少女の姿を捉えられないほどに。
「アイツラ、ニンゲンジャナイ‼」
――ドゴォン。
低く唸るような憎しみのような強い負の感情が乗った銃声。
少女の濁った眼が冷たい憎しみを雷獣へと向ける。
弾丸が逃げ惑う雷獣の目を貫く。
「目標、視認――殺す」
報告は、浅く。
殺意は、深く。
目を見開く。
「ニイインゲエエン、ミツケタ」
痛覚は、弱く。
執着は、強く。
目を見開く。
――視線が交じり合い動き出す。
少女は、ボルトを操作し次弾を装填。
トリガーに指をかけ狙い澄ます。
雷獣は、鼻を突き動かす人間特有の匂いで狂気を装填。
住宅の壁をつたって屋根へ上がり、少女の肉を狙い澄ます。
闘牛のような突進、屋根は剥がれ、バカボコと激しい音を立てる。
肉を喰らおうとする狂気の獣。
否、その顔は、打算的な演技の顔。
狂気を飾る、純粋悪の人間の顔。
――ドゴォン。
少女は、トリガーを引く。
狙いは、雷獣の目玉。
弾丸は、真っすぐに飛び狙い通り放たれる。
しかし、その弾丸は雷獣の尾によって遮られる。
回転、雷獣は回転したのだ。
片腕を支点にして高速回転したのだ。
「……」
少女の弾丸を防いだ雷獣は、スリングショットの構えをとる。
溜めは一瞬。
この時、少女には2つの選択肢があった。
相打ち覚悟の一撃と逃げて態勢を整えるという選択肢が。
その時、記憶のフィルムが回り始め。
ガラガラと音が鳴りモノクロの映像が映し出される。
――紡ちゃんお母さんたちは遠くに行ってもう帰って来られないのだからね。
老婆が何かを語り掛ける。
子供騙しの言葉は、字幕のせいか声が聞こえてこない。
味の違う料理、匂いの違う部屋、見覚えのない町、聞こえてこない親の声。
そして、温もりのない寝具。
彩りなんてものはない映るものすべてが白黒で聞こえてくるのはすべて字幕に置き換わる。
――パパ‼ママ‼
モノクロ映画が日常へ変わった頃だった。
子供の泣き声、一人ぼっちで泣き続ける。
なぜだかそこに色が見えた。
手が伸びた。
自身と同じ子供の姿に。
――〇〇‼探したんだぞ。本当に心配して。
手が引っ込む。
色が消える。
「なんで」
「なんで私にはいないの」
「パパは……?ママは……?」
気づいている。
少女は気づいてる。
両親は、もうどこにもいないことなんて。
ただ、突きつけられている。
目の前で行われる親子の再開が。
自身には訪れないことを。
「アイツのせいだ」
「アイツのせいで奪われた」
白狼の怪物の姿が浮かんでくる。
溢れだしてくる憎しみの感情。
映像はそこで止まり始める。
少女が今抱き続けるのは、白狼への憎しみ。
家族を奪ったものに対する怒り。
雷獣の口元の血があの時の白狼の姿に重なる。
少女は、構えを崩さす力強く銃を構える。
「殺すっ……‼」
強い憎しみが少女を縫い付ける。
雷獣の一撃が放たれた瞬間。
猛烈な衝撃が雷獣を襲う。
少女は、その姿に目が見開く。
一際暗くなった瞳に映るそれ。
ボブカットの真っ白な髪の毛。
犬のようなふさふさな尻尾に犬耳。
真っ赤に染まった瞳は雷獣を滅殺せんと輝かせる。
反撃にでようとする雷獣の攻撃をいなし鋭い爪で切り裂く。
雷獣は謎の女の登場によって一瞬にして散っていった。
夕日が落ちかける空を背後に謎の女は少女の方に振り返る。
少女は、近寄って来る謎の女を睨みつけるが。
謎の女は、無神経に近寄り続ける。
そして、少女の目の前に立った女は声を発する。
「守りに来たよ、紡ちゃん」
にひっと笑顔を向けながら女は、少女の名前を呼ぶ。
手を差し出し感動の再開のような空気を醸し出す。
しかし、差し出された女の手を少女は手に取らない。
銃を握る力を強め銃口を女の額に向ける。
「お前ッ……何人、人を喰ったッ‼」
この時、少女――猿飼 紡の止まっていた時間が動き出した。
モンスターヒューマン バリバリさん @baribarisann
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。モンスターヒューマンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます