第4話 ユノと、ぴょんぴょん跳ねるAIリス
ユノの案内で辿り着いたのは、リーベルの外れにあるクラフト訓練場だった。
外見はほとんど倉庫だ。
天井の高い建物の中には、作業台がずらりと並び、
壁際には鉄や木材や魔石が、雑多に積み上がっている。
どこからか、焦げた金属とオイルの匂いが漂ってきて、
懐かしいような、胸の奥をくすぐるような感覚になる。
「ここでは、クラフトの基本操作を学べます」
ユノが淡々と説明する。
「まずは、最も簡単なレシピから始めましょう」
そう言って、素材棚から鉄インゴットと木材を取り出した。
作業台の上に自動で並べられると、視界にウィンドウが浮かぶ。
《簡易アイアンナイフ
必要素材:鉄インゴット×1 木材×1
成功率:60% (補助AIあり:80%)》
「補助AIありでこの成功率か。
意外とシビアだな」
「本来、“手仕事”とはそういうものです」
ユノの声は相変わらず無機質だが、言っていることはどこか人間くさい。
「今回は、私が素材の温度・形状を最適化します。
ソウマは、最後の仕上げのタイミングを判断してください」
「一番おいしいところだけ、かっさらう役ってことか」
「責任の重い工程です」
「そういう言い方はやめろ」
笑いながら、俺はハンマーを手に取った。
「じゃあ、やるか。
頼んだぞ、ユノ」
「了解しました。補助工程、開始します」
魔法陣が作業台の上に広がる。
青白い炎が鉄インゴットを包み、温度ゲージがじわじわと上昇していく。
炎の色が、赤から橙、橙から黄色へ。
鉄の表面が柔らかくなり、溶ける寸前で粘り気を帯びる。
鉄が鳴くような、かすかな音。
VRだと分かっていても、なぜか指先にじんわりと熱が伝わってくる気がした。
「今です」
ユノの声が落ちる。
その瞬間、俺はハンマーを振り下ろした。
カァン、と乾いた音。
火花が散り、視界の端で小さな光の粒が弾ける。
《クラフト成功──簡易アイアンナイフ》
ウィンドウの文字と一緒に、手の中にずっしりとした重みが現れた。
「おお……」
見た目は、ただの初期装備のナイフだ。
だけど、自分でタイミングを見て叩き込んだというだけで、妙な愛着が湧く。
会社でクリックしている“承認ボタン”とは違う、
自分の手で何かを“形にした”実感。
「悪くないな」
「期待値との差分は、プラス側と判断していいですか?」
「お前、いちいち数値化するな」
そう言いながらも、自然と口元が緩んでいるのが自分でも分かった。
《連続クラフトミッション:10個作成で報酬アップ》
視界の端に、小さく通知が現れる。
「10個ね……やるか」
「休息を挟まずに連続で行う場合、
現実の疲労度とのバランスに注意が必要です」
「大丈夫だ。現実でも、もっと長時間働かされてる」
「それは自慢にはなりません」
ユノのくせに、正論を言う。
「効率的ですね、とは言わないんだな」
「効率だけを褒めることが、必ずしも人間のモチベーションにつながるとは限らないと学習しました」
「お前、案外空気読めるじゃないか」
「空気の組成は、窒素と酸素が主成分です」
「台無しだよ」
そんなやり取りをしながら、二つ目、三つ目とナイフを作っていく。
鉄を熱し、色を見て、叩く。
単純作業の繰り返しなのに、不思議と飽きない。
四つ目のナイフが完成した瞬間だった。
「きらーん! おひるね完了っ!」
頭の上で、甲高い声が弾けた。
「うおっ」
思わず肩が跳ねる。
作業台の上に、光の粒がくるくると集まり、小さな動物の形を作っていく。
栗色の毛並み。
丸い目。
ふわふわした大きな尻尾の先だけが半透明で、電子的な光がもやもやと揺れている。
「ピコ、起動っ!」
「……は?」
「は? じゃないもん! ピコはピコ!」
小さなリスのようなそれが、胸を張って自己紹介してきた。
「私はYUNO-07のサブAIモジュールです」
横からユノが補足する。
「MirageTech Emotion Submodule──通称、ピコです」
「通称っていうか、本名それでいいだろ」
「それがピコの本名!」
ふわふわ尻尾をバサバサ振りながら、リスAIは俺の肩にちょこんと飛び乗った。
「ソウマ、はじめまして!
ピコは“楽しい担当”なんだよ!」
「楽しい担当って何だよ」
「人間の“楽しい”とか“うれしい”とか、
そういうよく分かんないやつを集めて、ユノちゃんに届けるの!」
「ユノ“ちゃん”?」
俺とピコの視線が同時にユノに向く。
ユノは相変わらず無表情だ。
「私は“ちゃん”ではありません」
「そういうとこだよ、ユノちゃん!」
ピコがぴょんぴょん跳ねる。
「説明が固い! 顔も固い! 全部カタい!」
「顔の硬度は設定されていません」
「そういう意味じゃないの!」
漫才みたいなやり取りに、思わず笑ってしまった。
「……お前ら、なんかいいコンビだな」
「やった、ソウマにほめられた!」
ピコがさらにテンションを上げる。
尻尾の先の光が、さっきより少しだけ強くなった気がした。
「ピコは、ソウマの“楽しい”を集めるよ。
さっきナイフできたとき、ちょっと顔ゆるんでたからね!」
「バレてたか」
「共感値、+0.05」
ユノが、さらっと数字を口にする。
「共感値?」
「ソウマと私の関係性を数値化したものです。
現在、0.08。ほぼゼロに近いです」
「ゼロに近いって自分で言うな」
「事実です」
開き直りもAIらしい。
「でもね、ゼロじゃないよ?」
ピコが、俺の頬を小さくつつく。
「ソウマの“楽しい”とか“ちょっと安心した”とか、そういうのが、
ちょびっとだけ、ここに貯まってるから」
小さな前足で、自分の胸をポンポン叩く。
「それを、ユノちゃんに届けるのがピコの仕事!」
「感情のプロキシです」
「難しい言い方しない!」
もう一度漫才を始める二体を見ながら、
俺はふと気づいた。
──さっきまでの俺なら、「ゲームなんだから効率よく進めたい」としか思ってなかったはずだ。
でも今は、この無駄な会話や、意味のない跳ね回りが、
妙にありがたく感じる。
会社では、こんなくだらないやり取りをしている余裕なんてない。
情報とタスクと数字と評価が、常に頭の上から降ってくる。
ここでは、ただ笑っていられる瞬間がある。
「効率だけじゃ、きっと、この世界は味気ないよな」
自分でも驚くくらい素直な声が出た。
ユノが少しだけ、首を傾げる。
「“味気ない”とは、どのような状態ですか?」
「……今は、説明しなくていい」
俺は小さく笑って、作業台の上の素材に視線を戻した。
「そのうち、ここで一緒に学べばいいさ。
効率と、非効率のちょうどいいバランスを」
「学習目標に追加します」
ユノはそう言って、また素材棚に向かう。
その背中を見ながら、
俺は、この世界でなら“違うやり方”を試せる気がしていた。
◇
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