第38話 Arcane Conclave ―静寂の召集―

セレスティア王国・王立医療棟。

午前の光が差し込む静かな病室で、アウリスが浅く眠っていた。

包帯越しに見える呼吸は安定している。


ドアが静かに開き、軍衣を着たジェイク・ヴァレン少佐が入る。


「……回復が早いな。やはり骨が強い。」


独り言のように呟き、ひとつ息をつく。

氷の国での一連の騒動――その余波はまだ王国に残っている。


「しばらく休め。俺が戻るまで任務はない。」


短くそれだけ告げ、ジェイクは静かに病室を後にした。


◆ ◆ ◆


医療棟の外。

白い回廊を抜けた先に、深いローブをまとった“影”が立っていた。


フードは深く、顔はほとんど闇の中に隠れている。

しかし、その存在そのものが放つ重圧は、ただの魔導師のものではなかった。


ジェイクは歩み寄ると、自然と敬意を込めた声で言う。


「お疲れ様です、陛下。」


ローブの人物――サリオネ。

しかし王宮にいる時とは異なる、完全に“素顔を隠した姿”。

その声は低く、凪のように静かだった。


「こないだは……ご苦労さま。」


たったそれだけ。けれどその一言に、

あの混乱を収めたジェイクへの確かな評価と労いが滲んでいた。


ジェイクは小さく息を吐く。


「……して、今回は護衛は少数と聞きましたが?」


サリオネはフードの奥で、微かに笑った気配を見せた。


「少数で十分よ。あなたと、もう一人――それで足りるわ。」


もう一人。

無言で立っていた小太りの男が、軽く頭を下げた。


ポルコ=ペルガス少佐。


丸い体格とは裏腹に、実戦で磨かれた沈黙と集中力を持つ男。

噂ばかりで実際の能力を知る者はほとんどいない。

その曖昧さこそが、彼の武器だった。


◆ ◆ ◆


サリオネはゆっくりと回廊の先を指す。


「目的地は城西都市ジュネヴァ

 そこでアルケイン・コンクレイヴ(Arcane Conclave)が開かれる。」


ジェイクは短く息を呑む。


アルケイン・コンクレイヴ――

世界の魔術体系と均衡を管理する、四大導士の最高会議。

その招集は、王国にとって“異常事態”の証。


サリオネが続ける。


「氷の国の動乱、シオン王子の離脱……

 状況は、もう放置できない段階に来ているわ。」


ジェイクは黙って頷く。

彼が雪原で見た“あの異様な魔力”が脳裏をよぎる。


「移動手段は私のほうで手配したわ。」


中庭には、立方体の魔導輸送箱が待機していた。

四面に魔方陣が刻まれ、内部からほのかな光が漏れる。


これは単なる輸送具ではない。

サリオネの魔力を流し込むことで、空中航行が可能になる特製機。


「では――行きましょう。」


サリオネが箱に手を添える。

闇色の魔力が静かに流れ、輸送箱はわずかに浮上し始めた。


風が起こり、ローブが翻る。


フードの奥で彼女は短く息を整え、


「……行くわよ。アルケイン・コンクレイヴへ。」


その言葉を合図に、輸送箱は音もなく浮かび上がる。


三人を乗せて、静かに、確実に。


――その先で、世界の魔術均衡が揺らぐことを誰も知らぬまま。

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