第33話 氷の国 ― 静寂の中心で ―

白銀の広間に、凍てついた風が渦を巻いていた。

氷の王――アルディウスが振り下ろした一撃の余韻が、石床を砕きながら響き渡る。


アウリスはシオンをさっと後ろへ下がらせ、短く告げる。


「殿下、支援をお願いします。

 突破口は……俺が作る。」


シオンは迷わず頷いた。

蒸気が、彼の指先から静かに立ち昇る。


アルディウスの周囲は、噴き上がる氷柱と霧氷の嵐。

近づくことすら、もはや命取りだ。


アウリスは深く息を吸い――両足に風を纏わせる。


「行きます……《ミラージュ・シェイド》!」


熱と風が重なり、空気が歪む。

アウリスの姿がゆらりと三つ、四つに増え、幻影が氷の床を駆け抜けた。


アルディウスの冷たい瞳が、わずかに揺れる。

だがすぐ、氷槍を振り抜き、幻影の半分を一瞬で粉砕した。


(……見切られた!)


それでも――数瞬の遅れで十分だった。


シオンが蒸気を圧縮し、空気を震わせる。


「アウリス! 合わせるよ!」


「はいッ!」


風と蒸気が重なり、魔力が共鳴した。


「《スチーム・ゲイル》!!」


灼熱の突風が氷王へ襲いかかる。

氷壁が波のように盛り上がり、広間全体が震えた。


アルディウスは片腕を出し、巨大な氷盾を展開する。


「小賢しい……!」


蒸気と氷が激突し、白光が弾ける。


その衝突の裏で、アウリスは風に身を乗せて王へ迫っていた。

身体が悲鳴を上げるほどの極限速度。


(これで抜く……!)


だが――


「甘い。」


氷の王は、アウリスの進路を完全に読んでいた。

氷刃が閃き、脇腹を容赦なく貫く。


「――ッ!」


風が乱れ、アウリスは膝をついた。

雪のように赤い血が広がる。


アルディウスは確信に満ちた瞳を向けた。


「終わりだ。

 貴様らの“風”と“熱”では、我が氷は砕けぬ。」


アウリスは……笑った。


「……そんなこと、ないですよ。」


王の背後へ視線を向ける。


アルディウスの眉がほんのわずかに動いた。


そこに――

いつの間にか、シオンが立っていた。


王の背中へ触れられるほどの至近距離。


「……父上。」


静かだが、熱を秘めた声。

シオンの掌には、極限まで圧縮された蒸気球。

温度差による臨界――爆発寸前。


「僕は一人じゃない。」


蒸気がうねりをあげる。


「――《ブレイク・サーマル》!」


白光が弾け、氷王の背へ叩きこまれた。

膨張と冷却が同時に発生し、骨が裂けるような亀裂音が広間に響く。


アルディウスの身体が、氷像のように粉砕された。


残ったのは――

首だけ。


広間に静寂が戻る。


アウリスは痛みに耐えながらも、砕け落ちる氷片を見て薄く笑った。


(……やりましたね、殿下。)


舞い落ちる氷が、雪のように二人の肩へ積もった。


その静寂こそ――

決着の中心にあった。

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