第31話 氷の国 ― 白の圧制者 ―

玉座の間に満ちる冷気は、風の音すら凍らせるほど鋭かった。


シオンは白い霜の床を踏みしめ、まっすぐ父へと向き合う。

胸の奥から湧き上がる熱を、両手に集める。


「父上……もう民を苦しめるのはやめてください!」


白王アルディウスは、玉座から立ち上がる。

その表情は無表情のまま、だが“強者の威”がひと目で分かった。

氷により形成された精神――揺らぎのない目。


「熱の子が、氷に逆らうか。」


床を覆う氷紋が一斉に光を放ち、空気が鳴った。


シオンが両手を広げ、蒸気の輪が床から立ち上がる。


「《白蒸陣》!」


蒸気の壁が王の冷気に対抗するように揺らぎを作る。

しかし白王は腕を軽く払った。


「《絶対氷脈》。」


床から走る白い脈が蒸気壁に触れた瞬間、

結界は一瞬で凍りつき、砕け落ちた。


シオンの身体が後退する。

皮膚がひび割れそうな冷気。


(……強すぎる……!)


深呼吸し、踏み出す。


「熱は……凍らずに前へ進むッ!

 《沸白衝》!!」


蒸気が水流へ変化し、白王に向かって一直線に伸びる。

しかし白王は首を少し傾けただけだった。


「浅い。」


指先から伸びた氷刃が、水流の芯を断ち切る。

逆流する衝撃がシオンの胸に直撃し、彼は床を転がった。


息が詰まる。

喉が痛い。


それでも立ち上がる。


「僕は……国を救うために……!」


蒸気が螺旋を描き、巨大な光輪となる。


「《白蒸・天輪》!!」


天輪の蒸気刃が白王を囲い、四方八方から打ち下ろされる。

玉座の間が白い閃光で満ちる。


だが――白王の姿は揺るがなかった。


蒸気刃は全て触れた瞬間に霧散していた。


「蒸気は“温度差を持つ風”。

 氷は差をなくし、全てを同温にする。」


白王が静かに指を振る。


「《白零域》。」


瞬く間に蒸気が凍り、粉雪のように舞い落ちる。


シオンはよろめき、焦ったように魔法陣を展開しようとする。


「まだ……!」


しかし白王が一歩踏み出した。

その一歩で、玉座の間の空気が完全に支配される。


氷の翼が王の背に広がり、

冷気が生き物のように息づく。


「熱で我を止められると思うな。」


氷翼が振り下ろされ、

シオンの蒸気陣が三層まとめて砕けた。


防御が一切間に合わない。


「ッ!!」


蒸気の鎧が破壊され、シオンの肩に霜が広がる。

白王の手に、静かに氷剣が形成される。


「終わりだ、シオン。」


刃が振り下ろされ――


爆風が割って入った。


「殿下!!」


アウリスの風が軌道を逸らし、氷剣が石床に突き刺さる。

その一瞬で、アウリスはシオンを抱え横へ跳躍した。


シオンは苦しげに息を整える。


「アウリス……ごめん……僕……。」


アウリスは首を振った。


「謝らないでください。

 ――殿下は、一人じゃありません。」


白王は静かに氷剣を再形成し、アウリスに視線を向けた。


「風の子よ。

 氷の領域に風を差し込むか。」


アウリスはシオンをそっと床に寝かせ、

前へ一歩踏み出す。


両足に風を圧縮し、

胸の奥の恐怖ごと、呼吸で押し込む。


(氷は“動かない風”……

 なら、隙間は必ずある。)


白王が玉座から歩み寄ってくる。

無表情のまま、しかし圧だけが増していく。


アウリスは風を爆ぜさせた。


「殿下は……僕が護るッ!!」


空気が悲鳴をあげ、

アウリスが矢のように前へ飛び出す。


氷と風が激突し、玉座の間を揺らした。

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