短編集

葡萄柚

もう一度、あの悪夢を。



『じゃあな、三谷。』

「んー。」

あの日、当たり前のように解散したあと、アイツは俺を忘れた。

あとから聞けば、交通事故だったらしい。

数日後、何時ものように声をかけた俺に、アイツは怪訝な顔をして一言。

『…誰ですか。』

初めは冗談だと思ったが、その表情が真実を語る。

心臓を中心に、身体が冷えていく感覚。

瞬間、頭が真っ白になった。

様々な疑問の渦に呑み込まれ、言葉が上手く出ない。

そんな俺に、アイツは目を向け、首を傾げてそのまま俺の横を通り過ぎた。

心臓の鼓動がやけに大きく響く。

絶望に溺れながら、俺の名前を呼ぶアイツの声が聞こえた気がした。


『…って、聞いてる?三谷くん。』

「あ?聞いてる。」

俺の返答に、本当かよ、と文句を言いつつ、奴はまた話し始める。

俺はあの日以来、アイツは俺の幻だったと思うことにした。

いや、夢だ。

今隣で話してるの奴が本物。

アイツは偽物。

そう自分に言い聞かせる度、どこか胸が痛くなり、目の奥が熱くなる。

それを悟られぬよう、俺は適当な相槌を繰り返しながら、このモヤモヤとした気持ちを吐き出そうと、大きなため息をついた。



○視点交代


「このゲーム、面白そう。」

学校の帰り道。

2人で次に遊ぶゲームを選びながら、気に入ったパッケージを指さして、そう隣に言う。

『あー。それお前が気に入ってたヤツ。』

「気に入ってた?俺今初めて見たけど。」

純粋に浮かんだ疑問がそのまま口から出る。

ただの言い違いか、と彼を見ると、その顔は曇っていた。

『…悪い、なんでもないわ。』

まただ。

以前もあった。

彼が何か言い違いをして、俺がそれに対して言葉を返すと、彼は俺の顔を見て、ほんの一瞬、泣きそうな表情をする。

でも何故か、俺はそれを言及できない。

『昔よくやったよね。』

何となく、頭に浮かんだ言葉を言ってみる。

その瞬間、彼はばっと顔を上げた。

悲しそうな、それでいてどこか嬉しそうな、そんな複雑な色を宿した瞳、顔は苦しそうにゆがめられている。

俺は彼の名前を呼んだ。

「……かもな。」

そう、しばらくしてぽつりと言った彼は、寂しそうに笑っていた。



○視点交代


『昔よくやったよね。』

その言葉に、俺は無意識に顔を上げる。

奴は俺のことを見ていた。

バチッと視線が交わる。

もし、あれが夢なんかじゃなかったら。

あれが現実で、これが夢だったら。

こんな悪夢、さっさと覚めろよ。


そうしたら、お前はもう一度、俺を-。


”思い出したのか?”

そうすぐそこまで言葉が出た。その時だった。

『…三谷くん?』

ガツンと頭を鈍器で殴られたような感覚。

現実に、夢を見るなと咎められる。

やっぱり、そうだよな。

少しでも期待した自分に嘲笑しつつ、何をしても捨てきれないアイツの記憶を混ぜて。

心に中で、自分に言い聞かせる。

”アイツは、夢だった”

「…かもな。」







以下、解説。

三谷は彼のことを親友だと思っていました。ちゃんと自分自身を認めてくれる、唯一の存在だと。

それがいとも簡単に失われます。

その現実が受け止められず、三谷は自分に言い聞かせるのです。

記憶を失う前に彼=アイツは夢の中の存在でしかない、と。


段々とそれに慣れていました。

そんな時、彼から記憶を失う前の出来事を話されます。

彼は期待しました。

記憶を取り戻したんじゃないか。

でも彼は、「三谷」ではなく「三谷くん」と口にしました。

もうアイツは戻ってこない。

そう気がついてしまいました。

けれど、最後はやはり言い切ることができません。

夢だった、かもなと曖昧にしておきたい、少しの希望は持っていたいのです。

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