最強の妖怪

K♡

最強の妖怪

人間がなぜ妖怪へと変貌するのか、その理由は、いまだ誰にも理解されていない。


ユウキの目の前には、かつてないほど巨大な妖怪がそびえ立っていた。金属の顎から血が滴っている妖怪はユウキのことを眼中にないかのように都市へ向かって進んでいく。それでも、ユウキは動けず、刀を取り落としてしまった。

「なんでこれ!?」と泣きながら叫んだ。


ただ一つ、わかっていることがある。


「何故……こうなってしまったんだ!?」


すべての妖怪は、死ぬべき存在だ。


***


最初の記憶は、幼稚園で三歳のユウキが友達と遊んでいた時のことだった。

友達は紙を丸めて刀に見立て、ユウキは敵の妖怪役になって走り回っていた。部屋の電話が鳴ったが、幼稚園児たちが騒がしいため、気がづいたのは先生だけだった。

「先生!先生!」

ユウキは先生の足の後ろに隠れ、「助けて!」と服を握った。

しかし返事がなく、顔を上げると、青白い先生と目が合った。その瞬間、戦慄が走った。

「ユウキ……ご両親が来てるわ」と無理やり平穏な声をだした。

「やだ!」と友達が叫んだ。

先生は黙ってユウキを玄関へ導いた。そこには父さんと母さんが立っていた。父さんはやっとのことで立っているようで服はボロボロ、まるで枯れた花びらのように繊維がほでけていた。いつもは明るい青い目も、今は虚ろだった。手には折れた刀を持っていた。母さんは目を赤く腫らし、頬を涙で濡らしていたが、それでも微笑んでいた。抱っこひもを着たが

「さっちゃんは?」とユウキは尋ねた。

母さんが答えようとしたが、震える唇から言葉が出てこなかった。

「俺が……弱すぎたんだ」と父さんが呟いた。


それはすべてだった。


理由もわからぬまま、ユウキは家を失い、家族と共にホテルで数週間を過ごした。

「いつ帰れるの?」とユウキは母さんに聞いた。

「父さんはまだ仕事を探しているの。もう少ししたら。新しい家を見つかるから」

「今の家がいい!おもちゃもあそこにある!」

「もっと大きな家を探すよ。おもちゃもたくさん買ってあげる」

母さんがユウキを抱き上げ、額にキスをした。


それ以来、母さんはユウキに父さんのハンターの時代の話をよくしていたが、父さん自身はもう刀に触れようとしなかった。ユウキが父さんに会えることも減っていた。

ある朝、

「パパ、見て!」ユウキは描いた妖怪の絵を見せた。

父さんがちらりと見ただけで、ドアの方へ向かった。

「仕事に行かなきゃ」

「カッコイイでしょ?」

ユウキは父さんの足をつかんだが、父さんは払いのけた。

「役に立って」

ある夜、

「もっとどいて……うん、そこでいい!」と父さんはボールを投げた。

ユウキは信じてその場に立ち、空へ手を伸ばしたが、取り損ねた。

父さんは笑った。「動いていいんだぞ。狙うのがそんなに得意じゃないからな」

ユウキは慌ててボールを拾い、必死に投げ返したが、うまく届かなかった。

「あっ、ごめん……」

ボールは近所の窓へむっかて飛んだが、力が足りず庭に落ちた。

「気にしたまえ!……無駄だ」

別の日、ユウキが敬語を忘れると父さんに叩かれた。勘違いした行動の答えはよく「気にして」か「バカな?」だった。何をするにも腫れ物に触るように遣わねばならなかった。とりわけ、「できない」ときが最も怒られた。「弱い」、それだけが父さんの口から出る言葉だった。


年を重ねるにつれ、ユウキは父さんを避けるようになった。


ある日、父さんが部屋に来て「遊ぼう」と言った。

「いいよ、大丈夫」

「そうか……。まあいい。引きこもりになるなよ。外に行け」と父さんはそう言って出ていった。

ユウキは家の裏の公園で遊んだ。ニュースで見た妖怪の真似をして花を踏みつけた。

「ギャオオオ!」

「きゅううう……」下から答えが返ってきた。

「ギ……ギャオ?」とユウキも答えた。

「きゅう!きゅう!」

ユウキがしゃがみ、草むらをかき分けた。

「誰?」

指先にプルプルしている何かが触れた。握って引き上げると、

「妖怪だ!」勇気は叫んで投げた。

だが妖怪は、不思議な力で運動法則に逆らい、ユウキが投げた位置にそのまま浮かんでいた。

「殺さないで!」ユウキはは泣いた。

妖怪はゆっくりユウキに寄ってきて、その温もりでユウキを安心させた。顔を上げると小さな緑色のネズミのような姿で、微笑むような顔をしていた。

「敵じゃないの……?」

妖怪は首をかしげ、ユウキの足元を走り回って笑わせた。その日から「緑」と名付けた妖怪は、ユウキだけの秘密の友達になった。


中学生になると、ユウキは年頃になり、父さんを遮れないようになった。刀の訓練を始めた。父さんは基礎知識を教えた後で、ユウキの間違えを見る間に

「もう一回!」と言う。「もう一回!もう一回!弱い。弱すぎ!」

数時間後、汗だらけなユウキに「明日、楽にしてないで」と言う。

毎日毎日「弱い」と「もう一回」と「無理」だ。成績か友達や気にしない父さんがユウキの刀の間違えを見ればコケにして「バカ、もう一回!」と言う。

ユウキは父さんの妖怪の憎しみをわからずに憎みの概念をよくわかってきた。


中学二年生になると、父さんはユウキを毎日から一日おきに訓練するようになった。三年生になると、週末だけになった。仕事の後で、父さんはいつも疲れていた。まだ若いはずなのに、髪は銀色に変わり、背中も少し丸くなっていた。

卒業式の日、ある生徒が突然妖怪に変わった。

(チャンスだ!)と思ったユウキは刀を振りかざし、飲み込んだ。だが、その手首を誰かの手が掴んで止めた。

「何?!」

それは父さんの手だった。手が震え、父さんは大きくなっていく妖怪から目をそらそうとしなかった。

「まだだ、ユウキ……」

ユウキは戸惑いながら父さんの目を見た。だが、そこに答えはなかった。妖怪を見た。その目が、父さんと同じだった。恐怖に震えていた。何で、その化け物が震えているの?

何もできないうちに、観客から飛び出した生徒ハンターたちが妖怪を殺した。

その夜、ユウキは緑を撫でながら考え込んでいた。父さんの考えを理解したかった。隣の部屋からテレビの音が聞こえる。妖怪に関するニュースに、父さんが反応している。ユウキは緑を隠し、父さんの部屋に向かった。

「全部、死んだほうがいい」と父さんの声がした。

テレビには、遠くの村を全滅させた妖怪の映像が映っていた。

「全部の妖怪が本当に悪いの?」

「全部だ!」と父さんは怒鳴った。青い目は炎のように燃えていた。

「でも、人みたいに見えるけど?」ユウキは小さくつぶやいた。

父さんは立ち上がり、腰の痛みに顔をしかめながら、ベルトを外した。

「全部、だ」

「ごめん、ごめん!でも、人間と戦えない妖怪もいるよね?なんで、人間が妖怪になるのかとか、なんで優しい妖怪もあるかって、ずっと考えてるんだ」

「なんでこれ、なんでそれって。そんな馬鹿な事を言っているんじゃない!妖怪は優しくないんかない」

ユウキは自分の部屋のドアをちらりと見た。

「最近、部屋で長い時間過ごしているな。なんでだ?」

「待って!」

父さんはユウキの部屋に飛び込んできた。妖怪の雑誌を見つけ、ハンターのポスターを剥がし、ベッドの下まで探した。

「父さん!」

ユウキは止めようとしたが、父さんはベルトでユウキを打ち払った。

「きゅう!」

「……そうか」

父さんが緑を見つけた。

「父さん、お願い!やめて!」

父さんは緑をつかみ上げた。

「緑は優しいんだ!誰にも危害を―」

瞬間に、父さんは緑を押しつぶした。ぶちゅと嫌な音が響く。

「妖怪を許せないよ」と父さんは低く言った。


その日以来、父さんと話すたびに口論になった。

高校に入ると、ユウキは訓練のための寄宿学校に入った。父さんとのやりとりは短いメッセージだけになり、恐怖も薄れていった。しかし、三年生の時、父さんが仕事中の怪我で入院した。

ユウキは慌てて病院へ行き、父さんのそばに駆け寄った。

「父さん!大丈夫か!?」

父さんは無言で、ベッドの上から天井を見つめていた。ユウキはリュックを下ろし、輝く刀を取り出した。

「見て!剣道部の一番強いメンバーに選ばれたんだ」

父さんは見ようともせず、「弱すぎたな」とつぶやいた。

「が……頑張ったんだよ」

ユウキの頬を涙が伝った。

「強いよ、ユウキ。俺は弱い」


放課後になると、ユウキは毎日、電車で一時間かけて通い、父さんの世話をした。日々、愚痴をこぼしている父さんも、少しずつ元気を取り戻した。退院の日、

「ご苦労さま」と父さん。

「ありがとう。じゃあ、寮に戻るね」

「うん」父さんは頷いた。

出ていこうとしたユウキを、父さんが呼び止めた。

「ユウキ。この一ヶ月で気づいた。訓練の時間以外で、こんなに一緒に過ごしたのは初めてだった。また来てくれ。」

ユウキは頷いた。

その後、倒産が優しい日も少しずつ増えた。けれど、恐怖の記憶は消えず、ユウキはあまり家に帰らなかった。ハンターとしても珍しく家に帰った。年を重ねるごとに、父の体は弱っていったが、心はどこか生き生きとしていた。

数年後、母さんからメッセージが届いた。

「父さん、もう働いていないの」

「どういうこと?」ユウキは不安になった。

「最初は反対したけど、父さんに説得されちゃったの。引退して、ベトナムに引っ越すって!」

「おめでとう!」

一ヶ月後、ユウキは空港で両親を見送った。

「愛してる」と言いたかったユウキは、涙が代わりに伝えてくれることをお願い、つよく抱きしめて「またね」を言った。

ユウキはまだ父さんと深い絆を築けてはいなかったが、「いつか分かり合えるかもしれない」と思いながら、空港で飛び立つ姿を見送った。

その前に、自分がもっと妖怪のことを理解しなければならないと感じていた。


父は、飛行機墜落事故で帰らなかった。


***


ユウキはまっすぐにベトナムへ向かった。だが、遺体はみつからなかった。唯一残されていたのは妖怪だった。

目が合うと、青い目が震えていた。父さんの青い目。

「何故……こうなってしまったんだ!?」

父さんの憎しみと悔しさ、望み、そして愛から生まれた妖怪。

ユウキは戦うことができなかった。

けれど、もうすぐ、妖怪ハンターが来ることを知っていた。

――続く?

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