杖が砕かれた、その時に……
@Silent-magicianLV8
1章 魔法を愛した理由
第1話 プロローグ
それは、私が四歳の頃のことだった。
その日、私はお母さんの薬草畑で、のんびりと草の匂いに包まれていた。
「うーん……暗くてちょっと見分けにくいわね。《シャイン》」
お母さんの指先から、小さな光が生まれた。
それは夜の空気をそっと押しのけるように柔らかく輝き、
お母さんはその光を頼りに、薬草を一枚ずつ確かめていく。
私はその光を見つめながら、思わず小さく息を吸い込んだ。
そして、胸の奥で何かが弾けるような感覚に導かれるまま、呟いた。
「……しゃ、《シャイン》」
手のひらから、ふわりと小さな灯火のような光が浮かび上がった。
白く、丸く、静かに揺れている。
お母さんのように辺りを照らすほどの強さはない。
けれど、その淡い光は確かに、私の中の何かを優しく照らしていた。
意味も、理由も、まるでわからなかった。
けれど――その瞬間、どうしようもなく嬉しかった。
「うあああ……」
すごい、と思った。
どうして私からこんなものが出たのか。
どうして手の中に浮いていられるのか。
わからないことだらけだったけれど――それを知りたい、と強く思った。
その感情が胸の奥に生まれたのは、多分その時が初めてだった。
白く揺れる光を見つめながら、私はただ息をすることも忘れていた。
風が通り抜け、草の葉がかすかに揺れる音さえ遠く感じた。
世界の中に、私と、この光だけが残っているように思えた。
その光は、とても綺麗だった。
まるで心の奥に灯った小さな希望のようで――
気づけば、私は自然に微笑んでいた。
――ああ、私は、この光が大好きだ。
その気持ちは、とても静かに、でも確かに胸の中に落ちてきた。
誰に教えられたわけでもない。
誰に褒められたわけでもない。
ただ、自分の心がそう言っていた。
そしてその瞬間、私は初めて「魔法」というものを、
自分の中に感じたのだと思う。
「さ、サイレン!?」
お母さんの声が聞こえた。
振り返ると、驚いたようにこちらへ駆けてくる姿が見えた。
足を止めたお母さんの目は、私の手の上で揺れる光の球を見つめていた。
その表情には――驚きと、困惑と、そしてほんの少しだけ、誇らしさが混じっていた。
「サイレン……魔法を使ったの?」
「まほう? ……よくわからないけど、でてきた。とてもきれい」
私は素直に答えた。
お母さんは短く息をつき、しゃがみ込むと、私の目をまっすぐ見つめた。
その瞳は優しいのに、どこか厳しくもあった。
「サイレン。あなたが魔法を使ったことは――まだ誰にも言っちゃダメよ。いい?」
「なんで?」
「目立つ力は、ろくなことにならないの。
他の子たちと違うって知られたら、大変なことになるわ。
だから……せめて、私がちゃんと教えるまでは、秘密にしてほしいの」
お母さんの声は穏やかだったけれど、その奥に小さな不安の響きがあった。
私はその響きが少し怖くて、手の中の光をそっと握りしめた。
「……つかっちゃったら、だめだったの?」
不安に押されるように、私は小さく問いかけた。
お母さんは一瞬、何か言葉を探すように沈黙した。
そして――ゆっくりと微笑んだ。
「そんな訳ないわ! むしろ――流石は、私たちの娘よ!」
私の不安を感じ取ったのだろう。
お母さんは優しく、でも力強く私を抱きしめた。
その胸の温かさに、張りつめていた心がゆっくりと解けていく。
「あなたが悪い訳じゃないの。
四歳で魔法を使えるなんて、本当にすごいことなのよ。
……だからこそ、お願い。
サイレンが魔法を“好き”でいられるように、今はお母さんの言うことを聞いて」
「……わかった」
私がそう答えると、手の中の光は静かに、溶けるように消えていった。
あとにはほんのりとした温もりだけが残っていて――それがなぜか、嬉しかった。
あの光の正体を知りたい。
どうすれば、もう一度あの光を出せるのか。
どうすれば、もっと強く、もっと綺麗に輝かせられるのか。
その日からずっと、私は考えている。
あの光のように、心を照らす“魔法”のことを。
そして、あれから六年。
毎日少しずつ、私は魔法を磨いてきた。
何度も失敗して、何度もやり直して、
それでも光を生み出すたびに、あの日の気持ちを思い出す。
あのとき胸の奥に灯った“好き”という想いだけは、
今でも変わらず、私の中で燃え続けている。
そして今日も――
いつもと変わらない朝が、静かに始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます