第16話 星を継ぐ者
夜の帳が降りた。
その中心にそびえる魔導塔の頂で、ノアは青く輝く大地を見下ろしていた。
リリスの光像が隣に浮かび、柔らかく問いかける。
〈……落ち着きませんね〉
「まあな。百年ぶりに“生きてる”感覚が強すぎる」
ノアは苦笑した。
外では魔導飛行艦が空を巡り、地上では無数の青い灯が都市を照らしている。
この時代の人間は、魔導炉を制御し、“空の都市”さえ建設しようとしていた。
〈彼らは、かつての我々の記録を“神話”と呼んでいます〉
〈その神話を、今、再現しようとしている〉
リリスの声が僅かに沈む。
〈――《ノア・プロトコル》。あなたの名を冠した再起動計画です〉
ノアの拳が静かに握られた。
「……やっぱり、そうか」
《ノア・プロトコル》――それは、古代ゴーレム技術の完全再現計画だった。
新王国は“心核適性者”を人工的に造り出し、戦略兵器として蘇らせるつもりなのだ。
しかしその根幹に必要なのが、“原初の心核”――ノア自身の存在だった。
会議室で、冷たい光を放つ女が彼の前に立つ。
長い黒髪を編み上げ、瞳は翡翠色に輝く。
名を、レティシア=ヴェルンハイト。新王国議会の主席魔導官であり、“ノア・プロトコル”の主導者だった。
「ようやく目覚めたのね、ノア=アーヴィン。百年前の英雄さん」
「英雄じゃない。ただ、生き残っただけだ」
ノアは冷静に答えた。
「生き残ることが、何よりの才能よ」
レティシアの唇が僅かに歪む。
「あなたの心核は、今なお純粋な“原始魔素”を発している。
それを解析すれば、人間が“神格炉”を制御できるようになる。
もうゴーレムに頼る必要もない世界が作れるのよ」
ノアは黙って彼女を見つめた。
リリスの光が背後で微かに震える。
〈矛盾しています。彼女は“ゴーレムを超える”ために、あなたを利用しようとしている〉
「……君たちは、また同じことを繰り返す気か」
ノアの声は低く、怒気を含んでいた。
「記録の時代が終わって、ようやく人が“自分で立てる”ようになったはずだろ」
レティシアの瞳が一瞬だけ揺れた。
だがすぐに、氷のような微笑を取り戻す。
「理想論よ。私たちは神を失ったの。ならば、自ら創るしかない。
それが“新黎明”の使命なのよ、ノア」
会議の後、ノアは塔の廊下を歩きながら息を吐いた。
〈……敵は、明確ですね〉リリスが静かに言う。
「敵かどうかは、まだわからない。
でも――このままだと、また“灰”になる」
〈私たちが止めるのですね〉
「そうだ。彼女たちが“神”を造る前に」
その時――塔の外壁が震えた。
警報音が響き、赤い灯が点滅する。
『緊急警報。外周区で魔導反応を確認。非認可ゴーレムが接近中――』
ノアは駆け出した。
リリスの光像がその後を追う。
外は、炎に包まれていた。
黒い装甲をまとった巨体――旧時代のゴーレムが、都市の防壁を破壊している。
だがそれは、誰も知らぬ“型式”だった。
まるで、記録界の異形が現実に滲み出したような――。
「どうして、現実に……?」
〈不明です。魔導炉から“逆召喚反応”が発生しています!〉
ノアは叫んだ。
「リリス、起動許可を! 《心核共振:解放形態》――!」
〈承認。ノア・ユニット、再構築開始〉
光が彼の身体を包む。
青い紋が肌を走り、背中から結晶の翼が展開した。
再生された“蒼のゴーレム”が、彼の周囲に虚像として浮かび上がる。
「――行くぞ!」
地を蹴る。
ノアの視界が一瞬で広がり、衝撃波と共にゴーレムの拳が異形を弾き飛ばした。
衝突の音が空気を震わせ、炎の中で魔力の雷が閃く。
〈出力三十二パーセント。ノア、まだ抑えていますね〉
「こいつは……ただの暴走じゃない。誰かが制御してる」
〈解析開始――識別コード、照合成功〉
リリスの声が震える。
〈……まさか……〉
ノアが目を見開いた。
モニタに映し出されたコードネーム――
《SERIA_CORE_VER.2》
「……セリア……!?」
異形のゴーレムが呻くように叫び、蒼い光を放った。
その中心には、人の形をした影が見えた。
髪は白く、瞳は光を失い――けれど、その輪郭は確かに“彼女”のものだった。
「母さん……!」
〈ノア、退避を――!〉
だが遅かった。
光が爆ぜ、二つの心核が衝突した。
蒼と白の閃光が世界を裂き、ノアは吹き飛ばされた。
……静寂。
耳鳴りの中で、ノアはかすかに意識を取り戻す。
リリスの声が微かに届く。
〈……ノア、応答してください。生命反応、確認……〉
ノアはゆっくりと手を伸ばした。
空は、赤く染まっていた。
崩壊した都市の上空を、青白い光が漂っている。
それは、“星の欠片”のように輝きながら降り注いでいた。
リリスが呟く。
〈これは……心核の粒子……? でも……〉
ノアの唇が震える。
「……母さんは、まだ……生きてる」
〈……どういう意味ですか?〉
「これは終わりじゃない。
彼女は、“星”になったんだ。俺たちを導くための……」
リリスの光が静かに揺れる。
ノアは立ち上がった。
崩れた都市を背に、蒼い空を見上げる。
「――なら、俺が“星を継ぐ者”になる」
風が吹く。
空の彼方で、無数の光が流れた。
その中心で、かつての母の声が微かに囁く。
〈ノア……未来を、選びなさい〉
そして、世界は動き始める。
“神を造ろうとする者”と、“神を継ぐ者”の戦いが。
その戦火の果てに、新たな黎明が訪れるのだと、まだ誰も知らなかった――。
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