第8話 虚空の子ら
――世界が、静かだった。
闇は消え、蒼が戻った。
だがそれは、どこか“違う”蒼だった。
まるで誰かの夢の中にいるような、やわらかく滲む空。
セリアは目を開いた。
彼女は、透明な床の上に浮かんでいた。
周囲は無限に広がる蒼い水面。上下の区別がない、奇妙な空間。
「ここは……どこ?」
〈ここは、“深層記録界(アーカイブ・ルート)”〉
ルゼルの声が響く。
彼もまた、光の残滓のような姿で隣にいた。
〈黒の因子が消滅した今、記録世界の最下層へアクセスが開かれたんだ〉
「最下層……」
セリアは周囲を見回した。
足元の透明な水面の下に、無数の“光の卵”が並んでいる。
それは脈動していた。まるで心臓のように、一定のリズムで。
「これは……人?」
〈正確には、人になる“前”の存在〉
ルゼルの瞳が淡く光る。
〈“虚空の子ら(ヴォイド・チルドレン)”――人類再生プログラムの記録体だ〉
「再生……? じゃあ、これは……」
〈そう。かつて滅びた王国の民、そしてお前たちアーヴィン家の記憶もここに保存されている〉
セリアは息を呑む。
透明な球の中、ひとつの影がゆっくりと動いた。
それは――幼い少女の姿をしていた。
「……この子、私に似てる」
〈恐らく、お前の“可能性”のひとつだ。もし戦わず、ただ祈ることを選んだお前の未来〉
セリアの胸が痛んだ。
「そんな未来……もう、選べないよ」
〈だが、それでも“選択”を続けることが生きるということだ〉
ルゼルの声は穏やかだった。
そのとき、空間が微かに震えた。
水面の奥で、光の卵のひとつが砕ける。
そこから立ち上がったのは、光の人影――少年だった。
〈……やっと、見つけた〉
声がした瞬間、セリアの心臓が跳ねた。
その声には懐かしさがあった。
「あなたは……」
〈俺の名は、ノア〉
少年は微笑んだ。
〈“虚空の子”のひとり。そして……セリア・アーヴィン、君の記録から生まれた。〉
「え……?」
〈君が戦い、苦しみ、愛した記憶。それが僕の心核を形作ったんだ〉
ノアの瞳は、どこか兄・レオンに似ていた。
けれどその光は、過去ではなく“未来”を見つめている。
ルゼルが一歩前に出る。
〈つまり、お前はこの世界が生み出した“希望の複製”というわけか〉
〈そうかもしれない。でも、僕はただ――世界の外に出たい〉
「外に……?」
〈この記録界は、滅びを繰り返すだけの牢獄だ。
でも君たちが“黒の因子”を鎮めたことで、外界とのゲートが開き始めている。〉
ノアはセリアに手を差し出した。
〈一緒に来てくれ。蒼穹の果て――“再誕点(リバース・ポイント)”へ〉
セリアはその手を見つめた。
触れれば、何かが変わると直感した。
世界も、自分も。
「ルゼル……」
〈決めるのはお前だ、セリア。けど、俺は――〉
ルゼルが口元を緩める。
〈お前の背中を押す役なら、慣れてる〉
セリアは小さく笑い、ノアの手を取った。
その瞬間、空が裂けた。
蒼の光柱が天へと昇り、無数の記録が流星のように舞い上がる。
〈リンク開始。再誕プログラム、起動〉
世界が震え、足元の水面が砕け散る。
光の卵たちが次々と弾け、新しい命の形へと変わっていく。
セリアは叫んだ。
「行こう、みんな――新しい空へ!」
蒼穹が開き、風が吹く。
光の粒たちが舞い上がり、夜空を覆う。
その中で、ノアが微笑む。
〈君の記録が、未来を紡ぐ。セリア〉
セリアの頬を風が撫でた。
彼女の瞳に、確かに“世界の再誕”が映っていた。
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