100Mbpsの孤獨

堀川花湖

 

 家でミセスのYouTubeを貪っていたら、むしょうにお腹が空いたので、おっくうだけどコンビニにいってみることにした。

 ダル着のスウェットにショーパン、オーバーサイズのクロックスと、何かと笑えない格好だけど、こんな時間だし誰も見てないでしょって思う。

 家を出て、クロックスをかぽかぽ鳴らしながら、夜の閑静な街を歩く。湿気とともにまとわりつくような夜の闇は、まるでイカスミパスタみたいにぬらぬらしている。

 スマホを片手にして友人たちのBeRealをチェックする。お粗末なブルーライトが顔面を照らす。数時間前に外出しようと奮起して、クッションファンデをこれでもかと叩き込んだわたしの顔面は、ブルーライトの光を反射して、きっと満月みたいにテカっているに違いない。まあ外出には案の定失敗して、もうこんな夜中になってしまっているのだけど。

 BeRealを横目で見る。

 ユニバのカチューシャを頭につけた二人によるBeReal。

 スタバのフラペチーノで顔隠ししてるBeReal。

 ローファーを足元と空のワンショットがのってるだけのBeReal。

 どれも青春の香りをいやでも嗅ぎつけてしまうような、もちろんわたしとしては目を背けたいものだけどなんか存在感があって、まるでラフレシアの花みたいだ。それらにぽちぽちと稲妻のスタンプを押す。

 ここでのわたしは、よく判らない仮面をかぶっている。高校からドロップアウトしたけど、なんだかんだ高校のころの友達とお情けみたいに仲良くしてもらってるっていう、中途半端に可哀想な人の仮面ペルソナ

 わたしはお腹に手を伸ばして、ぽりぽりそこを掻く。次に、ぼわっとあくびが出た。眠たいようだった。あれだけ寝たはずなんだけどな、と首をかしげる。同時に、わたしってなんだろうなと思う。高校が無理になって、高校をやめて、家で毎日を消費している。アルバイトとかは、まだやる気になれない。

 その旨をX(旧Twitter笑)で呟いていたんだろう、見知らぬユーザーから「いいね!」がついたという通知が来た。Xでは、わたしは誰? なんの仮面をかぶってる? ……うるうるした瞳のマイメロのアイコンと、「ቺቻቺቻ」っていう特殊文字を使ったペラペラのユザネ。ってことは、わたしは“ただのZ世代”に分類されるんだろうか。このSNS世界には、名もなきモラトリアムたちがごろごろしてる、わたしはその一部?

 そうこう考えてるうちに、コンビニに着いた。コンビニにはお客さんはいなくて、アジア系らしき外見をした、外国人の若いアルバイトが立っているだけだった。

 再びあくびをしながら、アイスのケースを開ける。雪見だいふくにするかパピコにするか迷って、結局雪見だいふくにする。ついでにカップラーメンも買って、レジに持っていこうとしたら、『一般的なインターネットの通信速度は、だいたい約一〇〇~一五〇Mbpsなんですが、みなさんのお使いの端末はどうですか?』という店内放送が耳に入った。

 わたしにはそれが速いのか遅いのか判らないけど、とにかくわたしたちの持っている仮面が、その速度で世界を目まぐるしく移動している、というのは紛れもない事実らしかった。

 つまり一日中スマホばかり触っているわたしは、ひねもす片手を一〇〇~一五〇Mbpsのスピードで動かしてるみたいなもんかも、と思ったらちょっとおもしろかった。なんだそれ速すぎ、ウサイン・ボルトかなにか?

 会計を済ませると、わたしは三回目のあくびをしながらコンビニを出た。途端、夜なのに、湿気と熱気が納豆みたいにへばりついてくる。そろそろ夏だった。

 ……それにしても、わたしって何者? 現実にBeRealにXにインスタにLINEに、いくつの仮面を持ってるんだろう。思いついたので、Xを開いて、わたしの本質って何だろう、とポストしてみる。すると暇なFFからすぐ反応が来た。『哲学的すぎて死ぬ笑 病んでる?笑笑笑』……画面のむこうのこの人は、ほんとに笑ってる? この人だって、仮面をつけてるだけじゃない?

 そこで、考え過ぎたらまたよくないかなと思って、ワイヤレスのイヤホンを耳に押し込んだ。Spotifyをオンにしたら、ミセスが流れ出した。このままきいてると病みそうだったので、大森靖子にした。眠たかった。

 なんとなく夜空を見上げた。この夜空を、一〇〇Mbps(だっけ?)の速度で、電波がびゅんびゅん走っているのか。で、わたしたちの仮面が移動している。

 すると、名前も知らない星が一つだけ、ぬるっと光った。電波の海に溺れてしまうんじゃないかっていうくらい弱弱しい光。ちょっと笑えた。

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