なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

藤芽りあ

第1話 出会って即、結婚





「はじめまして……私はリカルド・ラーンと申します。恐縮ですが、あなたはご結婚されていますか?」


 紺色の瞳がゆらゆらと揺れて、サラサラの銀の髪が汗で張り付いていた。その様子からここまで走って来たことがうかがえる。そんな彼が泣きそうなほど必死な顔で私に尋ねた。

 彼の事情を聞いてしまったため、同情せざるを得ない。


「いえ――」


「婚約者はいらっしゃいますか?」


「いえ――」


「好きな方はいらっしゃいますか?」


「いえ――」


 彼が私を見てゴクリと息を呑んだ。


「どうか、私と結婚してくれませんか?」


 私はゆっくりとうなずいた。












1 出会って即結婚







 貴族の夜会。それは煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢たちで溢れ、仕立ての良さそうな服を着た令息たちと駆け引きをする――戦場。

 立ち振る舞いに、持ち物、全てにおいて冷静に厳しく審査される恐ろしい場所だ。


「このドレスは、隣国から取り寄せましたの」

「これほどの宝石滅多にお目にかかれません」


 持ち物自慢に、家の自慢。

 現代のマウント合戦が可愛く思えるほど、終わりのないマウントのオンパレード。


(はぁ、こんな場所で相手を探すなんて、私には……無理だ……)


 日本で佐藤七海(27)として生まれ育って、男爵令嬢イリスに転生して3ヶ月。

 男爵家の令嬢などほとんど縁談の話は来ないので、自分から相手を探す必要があると両親に投げ込まれた夜会会場。だが、たった1回で嫌気が差した私は、貴族と結婚するのを早々にあきらめ、女官を目指すことにした。

 難しいと言われる女官試験だが、前世で勉強していたおかげで無事に合格。

 2年前に無事に女官になった。

 社会人経験のある私は、女官としても認められて王太子主催のパーティーを仕切るメンバーに選ばれるほどになった。


「既婚者に限った夜会ですか? どうしてまたそのような……」


 次の夜会の打合せ中、4つ年上のサイモンが、室長のロバートに質問した。


「なんでも今回お招きする国では、既婚者のパーティーと未婚者のパーティーは分けて開催する習わしがあるようだ。殿下は各国の友好のためにその国の文化を尊重して開催することにされたのだ」

「わざわざそんなことをする国があるなんて……非効率ですね。理解できない。ですがわかりました」

 

 王太子殿下の主催されるパーティーは、このように政治的な意図も絡むので様々な趣向で開催されるので、臨機応変さが求められる。

 今回はまだ楽な方だが、最近移動してきた子爵の位を持つサイモンはいちいち文句ばかりだ。私にはこのくらいで理解できないと言っている彼が理解できない。それに何も考えず、平気で他国の文化を否定するのも理解できない。


「イリス、大まかな案を作ってくれるか?」


 サイモンの態度を見て、室長が困って話を私に投げた。


「はい」


 きっと私が草案を作ったところで、サイモンがダメ出しばかりしてくるのは目に見えている。


「室長、未婚のイリス嬢で大丈夫なのですか? これは既婚者のパーティーなのでしょう?」


 室長は私を顔を見た。


「イリス、頼むぞ」

「はい」


 引き受けたものの、案の定、サイモンがダメ出しばかりでかなり面倒な案件になってしまった。

 

(彼が来るまでは、仕事楽しかったのにな……)


 私は少し鬱状態になりながら、パーティーの当日を迎えた。

 

「開始まで2時間か……いつもイリスの段取りが良くて助かっている」


 王太子殿下のパーティーまであと2時間と迫った頃、室長が準備を終えてほっとして壁の前に立っていた私に声をかけてくれた。


「ありがとうございます」


 ちなみにサイモンはきっと開始の30分くらい前に来て、いかにも自分が頑張ったと、王太子殿下やその側近にアピールするのだろう。

 

「そのドレスも随分と見慣れてしまったな。そろそろ新しい物を申請するか?」


 パーティーの裏方とはいえ、会場内にドレス以外の女性がいると逆に目立つので、私も城から支給されたドレスを着ていた。


「私は裏方で招待客ではありません。見慣れるほど見ている方なんていませんよ。それにまだ十分に綺麗です」


 室長が私を見て小さく笑った。


「はは、以前この部署にいた者は『同じドレスなど恥だ』と言って不満ばかりだったがな」


 室長とのんびりと話をしていた時だった。

 一人の男性が息を切らしてこちらに走って来た。


「どうしたのだろうか?」

「さぁ?」


 室長と二人で会場の入り口を見ていると、紺色の美しい瞳を持ち銀色の髪を乱して、身なりのいい男性が扉に手を着いて「はぁはぁはぁ」と肩で息をしていた。

 一応招待状のない人は入れないので、私は室長と顔を見合わせて、男性の元に急いだ。


「どうされました?」

「ピルオン公爵にお目通りを……」


 室長が困った顔で言った。


「ピルオン公爵は、まだいらしておりませんが……」

「いつお見えに!?」

「恐らく1時間後かと……しかし公爵は裏から直接会場に入られるので、一般の方は会場でなければ会えませんが……」

「そんな……」


 男性がへなへなと床に膝をついた。

 だが、男性はすぐに顔を上げて室長を見た。


「このパーティーの招待客として会場に入れていただけませんか?」

「大変申し訳ございませんが、本日のパーティーは、伯爵家以上で……」


 男性が目を開いて大きな声を上げた。


「私は、伯爵位を頂いております。ラーンです。ラーン伯爵家のリカルドです」


 ラーン伯爵家と言えば、今、陛下から造船の命を受けているはずだ。

 かなり財政が厳しいのでいろんなところに借金があると聞いたことがある。


「申し訳ございません。もう一つ条件がございまして……」

「もう一つ!? 何でしょう?」


 室長は気の毒そうに言った。


「既婚という条件です」


 リカルドは顔を真っ青にしながら呟いた。


「既婚……それは……」


 がっかりと肩を落とし、室長にすがるように言った。


「お願いします、会場に入れてください。本日中に公爵の印をもらわなければ、明日の陛下との調印に間に合わない!!」

「え!? それは……」


 室長が陛下との調印との言葉を聞いて大きな声を上げた。


「実は一月ほど前に公爵に『印を押すから書類を送ってくれ』と言われて送ったのですが、印をもらえないまま公爵は、今回のお客様をお迎えに国外に出てしまいました。書類も公爵がお持ちです。なんとしても今日中に会って話がしたいのです!! お願いします」


 王太子殿下のパーティーは王太子殿下が決めた条件でしか行えない。

 もしも変更があるなら、殿下か陛下の許可がいるが、もうあと2時間で会は始まる。

 今から許可を貰えるわけがない。


「明日の調印に間に合わなければ、船が約束の日までに完成しないのです!! そうなれば、我が領は取り潰されてしまいます!! どうか、どうか!!」


 伯爵位を持つリカルドに頭を下げられて、オロオロしながら私と室長もリカルドの前に膝をついた。


「申し訳ございません。どんなに頭をさげられても……規則ですので……」


 室長が苦しそうに頭を下げた。

 ラーン伯爵家が現在財政が苦しいのは、陛下に命を受けた造船作りのためだ。

 完成するまで資金の回収はできないと聞いている。

 もしも、これで船がダメになったら……


(多くの人が路頭に迷う……!!)


「室長、なんとかならないのでしょうか?」


 私が室長に尋ねると、室長が眉を寄せて悩みに悩んで答えた。


「どうするって……爵位は問題ないので、結婚するしか方法は……」

「結婚」

「結婚……」


 そして、リカルドが私を見ながら泣きそうな顔で言った。


「はじめまして……私はリカルド・ラーンと申します。恐縮ですが、あなたはご結婚されていますか?」


「いえ――」


「婚約者はいらっしゃいますか?」


「いえ――」


「好きな方はいらっしゃいますか?」


「いえ――」


 リカルドが私を見てゴクリと息を呑んだ。


「どうか、私と結婚してくれませんか?」


 この場合、これしか方法はない。

 多くの人が路頭に迷ってしまう大切な商談の成功がかかっている。

 もしも、私が結婚を断れば、彼は――生きることはできないだろう。

 結婚しても離婚すれば問題ないし、私は離婚しても女官として働ける。

 私はゆっくりとうなずいた。


「わかりました。急ぎましょう。あと1時間です。それまでにとりあえず、入籍を済ませましょう!!」


「――ありがとうございます!!」


 私はリカルドの手を取り、急いで婚姻を受理する部署に急いだのだった。


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