第27話 奇妙な帰路

「い、いったい何でしょうか……?」


「聖剣に関しては伯爵家のほうで預からせていただけないかな。この剣都サヴァラニアの象徴は適切な場所で管理したい。君のところにあれば、いずれ盗難に遭いそうだしな」


「あ、どうぞ。むしろもらってください」



 即座に同意した。


 むしろ、なぜかイライザが残念そうな顔をしていた。



「仕方ないとは思いますけど、せっかく抜いた本人なんですから、もう少し名残惜しそうにしてもいいんではないですか?」


「だって、剣士ですらないから使いようないだろ。それに、道場に置いておいて、強盗が来ても怖いし」



 悩む余地すらなし!


 こうして、リスクのかたまりである聖剣も伯爵に渡すことができて万々歳だ。



「閣下、そろそろ次の面会時間が迫っております」



 ライオネルが告げた。この人、騎士というより秘書官だな。



「わかった。じゃあ、馬車でお送りしてあげろ。神官だろうとなんだろうと、聖剣を抜いた方は文句なしの英雄だ。礼を尽くすように」



 丁重にライオネルが伯爵に敬礼した。俺も釣られて、敬礼した。
















 帰りの馬車にはライオネルも同席していた。


 後ろの席に俺とイライザ、前の席にはライオネルが座っている。四人乗り(無理すれば6人乗れるが馬が疲れる)の馬車にも座る場所で席次がある。


 原則、後ろのほうが上で、同じ列では進行方向から見て右側のほうが上である。イライザが俺を押し込むように先に乗れと言ったのはこれのせいらしい。



「ものすごく収穫がありました。これで神殿の雨漏りもどうにかなります。ライオネルさんもありがとうございます」



 黙っているのもおかしいので、前の席のライオネルに声をかけた。



「私が取り決めたことではありませんから、お礼を言われても困りますよ。それにしても、あなたほどの方が武人ではないとは。武の道の難しさを感じます」



 ライオネルが嘆くように言った。立場上、何でもぺらぺらしゃべれはしないだろうが、これはおそらく本音だろう。



「私も幼い頃、剣術の師範にこんなことを言われました。型を身につけるのはある程度のところまで早く上達するためのものだ。ただ、型にはまっているうちは剣豪だとか剣聖だとかいった、伝説的な存在には絶対になれないと」


「あ~、それっていわゆる型破りな存在になれってことですね」



 イライザが答えた。

 剣の話題だからイライザが答えるほうがいい。俺が言うとなんか調子乗ってるみたいに見えそうだ。



「そうです。しかし、口で言うのは簡単ですが、成し遂げるのは難しいですし、ましてどういう心持ちで臨めばいいかもわかりません。型を破ろうと変な姿勢になって強くなった剣士の話なんて聞いたこともありませんよ」


「私はまだまだ先ですけど、いつかそんな壁に当たってみたいです」



 イライザの返答はちょっとズレてる気がしたが、かえって馬車の中がなごんだような気がした。


「まったくです。私も近衛騎士の地位にはついていますが、半分は家柄のおかげです。家柄だけだとは思っていませんが、そのへんの町人の生まれだったら幼い頃から剣を習おうという意識も芽生えなかった」



 俺はうなずいた。



「同感です。命の価値が同じとしても、たしかに出会える選択肢は生まれで変わってくるかもしれませんね」



 命の価値の部分は宗教の宗派によって、差を認めるところと平等とするところがある。まあ、平等と説いてる宗派だって、ミミズを大僧正にしたりしないので、有言実行できているのかは謎だが。


 では、我がラジェナ神殿の場合はどうか。


 そもそも命の価値がどうとか、どこにも触れてないので公式見解がない!


 田舎のマイナー宗教がそんなもの語っても聞く人がいないし、論争をしようと思う奴もいない。都会で勝手にやってくれって話だ。



「アレックスさんはおそらく武の部分が極端に強くなる、独自のルートを偶然歩んだのでしょう。道場でのご活躍も存じておりますよ」


「お恥ずかしい……。完全に偶然です。神官が乞われて武道家の真似事をしていますが、本職の武道家の方から恨まれていやしないかと……」


「真似事に勝てない武道家は自分のレベルの低さを恨まねばなりませんよ。そこであなたを嫉妬するような奴はたいした特訓もしていません」



 ライオネルは少し強い言葉で言った。



「武人は強ければいいというものではありませんが、弱いのでは無価値です。それでは自分の身さえ守れません」


「あっ、おいしそうな屋台の匂い!」



 イライザが少し場違いなことを言って、また場の空気がゆるんだ。








 よかった、ライオネルの話は少し堅苦しい。ここでおべんちゃらを並べて褒めるような性格の奴も好きになれないからそれ自体はいいんだが。


 ただ、少し引っかかった。

 屋台の匂い? 屋台があるようなルートは往路では使わなかったはずだ。



「帰りは違う道を通られるんですね」



 俺は念のため確認した。



「そうです。ちょっと迂回が必要でしてね」



 迂回? 工事でもちょうど始まるのか? それなら道一本外れれば済むが、この馬車は全然違うところを通っているような気がする。


 まさかとは思うが……。


 暗殺でも考えてないだろうな……?


 剣都で聖剣が抜けてしまったというのは大事件だ。もし、俺が英雄風を吹かせてだらしく遊び歩いたり、そのへんの剣士にあっさり敗北するようなことがあれば、聖剣のイメージ、さらには剣都のイメージまで落ちてしまう。


 なら、口を封じて完全な英雄の伝説を作るほうが確実ではある。少なくとも、死んだ俺が誰かに敗北することは永久にない。


 もし伯爵が剣都サヴァラニアの価値にこだわるなら、絶対ないとも言えない。



「アレックスさん、これは私の個人的な希望なんですが」



 そうライオネルは前を向いたまま言った。



「ぜひとも、一度、私と手合わせをお願いできませんか?」

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