第25話 出頭命令が来た

 3度目のダンジョン攻略をイライザと行って道場に戻ってきた日のこと。



 道場の空気が物々しい。空気を換えているのはやけに高そうな革の鎧を着ている剣士だ。少なくとも野良の冒険者という風情ではない。



「アレックスさんですね、お待ちしていました」



 その剣士の男が丁重に頭を下げる。あわててこちらも頭を下げた。



「あの、どういったご用件でしょうか……?」



「私はアプー伯爵の近衛騎士のライオネルと申します。聖剣を抜いたというアレックスさんを


、我が主君の伯爵がぜひその目で見たいと話しておりまして、ここに参った次第です」




 ああ、ついにか。そうなるよなあ。



 剣都という別名もある都市でその剣が抜かれたのに、領主が興味を持たないというのも無理がある。本心ではそうでもなかったとしても、パフォーマンスとしても興味がないとは言いづらいだろう。都市のことまでないがしろにしてるように邪推されかねないし。



「お会いすること自体は構いませんが、自分は本当にただの一介の田舎神官でして。武道をたしなんだこともありません。高名な武人のつもりでお会いになるのだけはご勘弁ください。必ず期待外れになります」



 くどくてもこれは伝えておかないとまずい。領主の聖剣への興味が薄いほど、機械的にすごい武人がやったんだろうと思い込んでいる可能性が高い。


 勝手に期待して、勝手に裏切られたと思われるのだけは避けたい。



「承りました。アレックスさんが神官だと主張されているということは冒険者ギルドの聞き込みなどでも確認しておりますし、正確に主君にお伝えいたします」



 外堀から埋めるようなことをしていたのか。


 やっぱり、大領主の動きともなると、行きあたりばったりではなくて、情報収集もちゃんとやるんだな。伯爵からの連絡がしばらくなくて安心していたが、調査をして満を持してやってきたということか。



「では、ご臨席いただく日程が決まりましたら、すぐに使いをやってお伝えいたしますね」


「あ、その……サヴァラニアに来たばかりの田舎者なので、同伴の人間を連れていってもよいでしょうか?」



 一人で連れていかれるのは嫌なので、念のため布石を打った。



「そちらもお伝えしておきます」



 拒否されるような内容じゃないので、これで大丈夫だろう。


 ライオネルが去っていった後、イライザがバンバンと俺の背中を叩いた。



「ついに伯爵にも呼ばれることになりましたね! おめでとうございます!」


「何が『おめでとう』だ。おめでたい要素なんてどこにもないだろ。ふざけてんじゃなくて、こっちは正真正銘の神官なんだぞ。聖剣を抜いたことでラジェナ神の信仰を広く布教しようって言ってくれるならうれしいけど、そんな訳もない」


「アレックスさんって、名を上げようって発想が根本からないですよね。そのへんの人でももうちょっと、その承認欲求というか名誉欲はあるものですけど」



 イライザは本当に不思議そうに言った。似たことはほかの人間――たとえば道場の練習生――にもちょくちょく言われる。



「俺は田舎のマイナーな神格の神官だからな。有名になる可能性自体が最初からないんだよ。ウォルフラム大僧正って名前は知ってるか?」



 イライザは首を横に振った。



「今の話を聞いても、大僧正であるということしかわかりませんでした。歴史上の人物ですか?」



 ほら、こんなもんなんだ。



「ラジェナ神殿のラジェナ教の最高指導者の名前だ。まあ、多めに見積もっても30人の中のトップぐらいのもんだけど。トップでその知名度だぞ。それで有名になることを目指してたらおかしいだろ。海で泳ぐために山に登るようなもんだ」


「でも、アレックスさんはサヴァラニアにやってきたわけですよね。それって名を上げたいって発想はなかったんですか?」



 なるほど。これまでとは違う視点からの質問だ。俺は感心してしまった。イライザは頭の回転は速い。いわゆる脳筋タイプではない。幼い頃から意外と勉学もしてきたんじゃなかろうか。



「大僧正からいろんなものを見てこいって言われて、強制的に旅をさせられたんだ。となると、田舎から真逆の場所に行ってみれば知らないものを見られるだろ。しかも、あわよくばラジェナ神殿をアピールできるかもしれん」



「だったら、いいじゃないですか。どんどん伯爵にアピールしましょうよ!」



 簡単に言ってくれるな……。

 権力者の反応一つで有名になることもあれば、滅ぼされることだってあるんだぞ。田舎の何の後ろ盾もない神殿の儚さを舐めるな。地元の領主も誰も守ってくれない。



「イライザ、そこまで言うならついてきてくれ」

「頼まれなくても行きますよ。伯爵の城、堂々と入れるチャンスなんて普通はないですし」



 頼まれてなくても行こうとするぐらいの図太さが俺にも必要なのかもしれない。

 どうでもいいことだが、しばらくイライザの機嫌がよかったので、その点はよかった。




 翌日には早くも登城の日程の連絡がやってきた。














 伯爵の城への登城の日、俺は神官の正装姿で道場の前に立っていた。



「たしかに神官っぽい格好ですね」



 イライザが下から嘗め回すようにこっちを観察している。イライザも冒険者というよりは騎士といった雰囲気のいい装備を着ている。



「神官っぽいんじゃなくて、神官なんだよ。まあ、でも、いっつもこんないい服は着てないぞ。これは祭りとかで着るんだ。これで巨石を運んだりする」



 しまった、今の発言はよくなかった。


 イライザが正装で石を持ち上げる祭りなんてあるわけないだろという顔をしている。



「本当なんだ。巨石を持ち上げるのがその祭りのクライマックスなんだ」


「別に疑いはしませんけど、ほかにもクマと3時間組み手をやる祭りとかやってたんじゃないんですか? 知らないうちに強くなるプログラムになってるような気がします。それならアレックスさんが強い理由もわかるので」



 そんなものはない……。



 しばらくしゃべっていると、お迎えの馬車が来て俺たちはサヴァラニア城へと向かった。

 なお、聖剣もこのタイミングで渡した。抜いたからといって俺が所有していいかわからない代物だしな。収公されても別にいい。

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