第22話 夜の特殊任務

「あの、今日のアレックスさん、やけに落ち着きがなかった気がするんですが」



 夕飯中、イライザに言われた。

 今日はケーン師範の家のほうで、師範の奥さんの料理をいただいている。あたたかい料理はやはりいい。店で買ってくるよりはるかに美味いし。



「へ? そんなことないと思うけどな……」


「う~ん……。そうですかねえ……。どうも、武道家の相手をする時もキレがなかったような。相手は全員圧倒してはいたんですけど」


「イライザ、兄ちゃんは武道家じゃなくて神官なんだから当然だぜ」

「そっか~」

「師範、『兄ちゃん』って呼ぶのはやめてくれませんか? 俺、36です」



 師範の奥さんが「まだ兄ちゃんで通るよ~。そんな20代もいるしね~♪」と新しい料理の皿を運んでくる。若いと言ってくれるのはうれしいんだけど、兄ちゃんはさすがに無理じゃないか……? 夜の店の客引きじゃあるまいし。



「たしかにアレックスさんはギリ20代でいけますよ」



 真顔でイライザが言った。



「うん、いけるいける。筋肉質だからそんなに年がいってるようには見えないんです。顔もどっちかというと童顔ですし」


「あ、ありがとう……。本当にありがとうでいいのか……?」



 お礼を言うことかわからないが、善意の言葉だとは思うので感謝の念は示すべきだろう。

 ただ、童顔っていうのは人生経験が薄いからな気もするんだよなあ。


 子育てとかしてたら、もっと老けるのではなかろうか。まあ、神官が子供たくさんいますっていうのもよくないので、両立などできんのだが。



「ところで兄ちゃんが神官やってたラジェナ神殿ってのはどんな宗教なんだい?」



 師範に尋ねられたので、俺は神殿のことをしゃべった。

 長くなりすぎても困るので3分でしゃべった。


「それって、よくある土俗信仰の一つなんじゃないのか? どこの土地でも地元のマイナーな神様を祀ってはいるだろう」


「まあ、そういうことですよ」



 バッサリぶった切るように指摘されるとちょっとショックだな。

 つまり、専属の神官など必要なく、地元の古老とかが指導すればそれで信仰も維持できるだろうと言いたいのだ。あながち間違いでもない。



「サヴァラニアに小さな|拝所(はいしょ)でも作れれば御の字なんですが、許可を得られるか怖いので伯爵にも言い出さずにいます」


「別にほかの宗教とバッティングすることはなさそうだけどよ、そういう土俗信仰は遠方だと信仰する意味がねえのが多いからなあ。まあ、現時点ではうかつに願い出るとヤブヘビになりそうだし、黙ってるほうがいいんじゃねえか?」



 まあ、聖剣抜いた奴ですって情報がある以上、悪目立ちはするか。











 夕飯をいただいた後、俺は寮の自室に戻った。

 なお、イライザも寮の隅の部屋で暮らしている。入ったことはないが。



 いつもなら就寝する時間に俺はドアを開ける。

 別に寮の下で剣の素振りをしてるような奴はいないな。








 そうっと道場の敷地を出て、外の通りへ。

 こちらも明かりのついてる家はあるが、営業している店はない――と思ったら、一軒やってる居酒屋があるな。本当に飲食店が多い。


 待ち合わせ場所に行くと、陰からぬぅっとヘルミネが現れた。



「あれ、あんまり驚かないね。気配を察知するの、むっちゃ得意じゃん」


「だったら、最初から堂々と立っててくれよ」


「女が立ってたら目立つじゃん。そういう商売だと思われて酔っ払いにからまれても困るしさ」



 だったらもっと足の出ない服を着ろと言ったら、おっさんなんだろうな。ここは言わないでおこう。



「にしても、こんなところで待ち合わせってことは、けっこう都市部なのか?」


「ちょっとだけ郊外。だからこそアレックスがいてくれると楽ではあんだよね」



 どういうことだと思ったら、さっと手を握られた。

 そのまま普通にヘルミネは歩いていこうとする。



「おい、ちょっと待て! なんだ、これ!」


「アタシ一人が夜に駆けていったら目立つじゃん。アレックスも一人で歩いてたらまあまあ目立つ。でも、男女が夜に手をつないで歩くってのは、割とあるでしょ。カムフラージュになるってこと」



 それを聞いて俺は思った。



「意図はわかるけどカムフラージュになるか……?」


「アレックスってさ、田舎者でしょ。田舎は夜でも手をつないでる男女なんていないもんね」「どうせ田舎だよ。いちいち言うな」


 ラジェナ村の中を手をつないでる男女がいたら昼でも目立つし、夜なら悪霊でも憑いたのかと疑われるかもしれない。







 ただ、ヘルミネの言っていたことは正しかったのかもしれない。夜にもかかわらずちょくちょく通行人とすれ違ったが変な目で見られることも一度もなかった。半数が酔っ払いだったというのもあるが。


 もっとも途中、べたべたヘルミネにくっつかれたので相当恥ずかしかったが……。



「なあ、もうちょっと離れてくれ。腕にくっつくな」


「いや、そうしないとダメでしょ。こんな時間に歩いてる男女はベタベタしてるほうがいいの」



 わかるが、36歳の神官にこれはきつい……。


 これも一種の修行なのか? いや、たんに欲望が刺激されてるだけなのか?

 集中力が途切れたまま、気づいたら郊外の屋敷の裏手についていた。


 この先に何かがあるのは間違いない。






 途中、道ですらない草むらの中を進んでいったが、つまり屋敷の正面から入るのはまずいということだ。

 屋敷の中では光が漏れている。それ自体は夜更かしなだけでおかしなことではない。



「なあ、この屋敷に何があるんだ?」



 根本のところが聞かされてないままだ。


「なあ、神官でないとできないことなんだよな? だからここまで来たんだぞ」


「それはそう。真面目な神官がやるべきことだと思うよ」



 ヘルミネがうなずいた。


「この先で邪悪なことが行われてる。だから、それを止めるようにとあるところから頼まれたの」

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