第16話 人為的な毒ヘビ

 イライザも敵が来ることは予想していたから剣がすぐに動いた。

 だが――それよりもはるかに敵が早く、小さかった。



 左の太ももにそれが跳びかかった。



「……いっ! つっ!」



 声にならない声がイライザから漏れる。


 それはヘビには違いなかったが、三つ首なんかではなく、頭の部分だけが鮮血のように赤かった。


 すぐにイライザはヘビを手で払って、踏みつぶした。さらに噛まれないための対応としては正しい。



 俺は同じ小部屋の中にいた赤いヘビの頭を踏みつぶした。まだ三匹も残っていた。放っていたらそいつらも噛みに来ていただろう。



 ただ、明らかに何かがおかしい。



 毒のあるヘビはいくつもいる。でも、どいつも人間を見つければ殺しに来るほど獰猛ってわけじゃない。


 なんで、あんなに執拗にイライザを狙ったんだ?





 答えはヘビにあった。

 ヘビの死骸の鱗に違和感がある。



 何か細い串のようなものでやたらと刺された痕がある。こんなことをされれば殺されまいとヘビが全力で向かってくるのも当然だ。



 つまり、最初から凶暴になるように仕向けられていたことになる。



 嫌な予感がした。



「こんなヘビが巣食ってるって聞いてないですよ……。ここの毒ヘビの調査、甘いんじゃないですかね……」


「イライザ、すぐに治癒魔法をかける。ちょっと座ってくれ」



 イライザは腰を下ろして、膝を曲げる。

 噛まれた箇所が急速に紫色になっている。



 俺は解毒の詠唱を行う。

 治癒や解毒の魔法は宗教を越えて一般化しているので、どこの神官でもだいたい使える。



 もちろん特定の宗教や宗派のみの専門的なものもあるが、社会的な価値が高いということで、基本的な回復系統の魔法は秘匿されずに詠唱法などが公開されている。マイナーすぎるラジェナ神殿に仕える俺でも使用できるのはそのおかげだ。



 解毒魔法が発生して、緑色の光がわずかに患部を照らすが――

 すぐにまたけばけばしい紫色が広がりだす。



「うっ……アレックスさん、かなり苦しいです……」



 イライザの声は急速に弱くなっている。


 おかしい。通常の解毒の魔法で対処できない毒のヘビがいるなんてことが偶然にあるわけがない。



 おそらく人為的に猛毒を持つヘビ、しかも一般の解毒の系統の魔法では効かない種類のものが用意されていた。

 人間の悪意がないとこんなことにはならない。



 イライザの息が荒くなってきている。

 まずい。今から外に出て間に合うとは思えない。サヴァラニアは論外だし、近くの集落でもまだまだ遠すぎる。



「イライザ、悪いが緊急事態だ」


「えっ……?」



 俺はイライザの患部に直接、口を当てた。

 毒を吸い出す。

 緊急時の方法としてはそれが一番助かる可能性が高い。



「アレックスさん、恥ずかしいですよ……やめ……」



 声に力がこもってない。やっぱり衰弱してる気がする。



 少し吸っては洞窟の壁に吐き出す。飲んだら俺もおしまいかもしれないからな。もう手遅れかもだが、そこは胃に入っても大丈夫な種類だと信じたい。



「あの、毒を吸ってるのはわかるんですけど、それ、アレックスさんも死にません……? 危険すぎますって……」



 だからって見殺しにしますなんて選択はできない。



 ここでイライザを見殺しにしたら、おそらく俺は今日中に神官を辞める。調子のいいことを言って目の前の人間のために何もしないような奴をラジェナ神様も許しはしないだろうし、自分の神官でいてほしいとなんて思わないだろう。



 吸っては吐く、それを繰り返す。

 気恥ずかしさはあまり感じない。そんな余裕がないからだろう。



「ほんとに危ないですから……。今のは完全に私の不注意ですし……」



 イライザの声にさっきよりは生気が戻ってきている気がする。急性のショック症状が起きるものなら、とにかく最初をどうにかすれば……。でも、それは希望的観測だ。とにかく最善を目指す。








 十回以上は繰り返したあと、少し顔を上げた。

 紫の部分は広がってない。毒を吸い出す意味はあったらしい。


 もう一度、解毒の詠唱を行う。紫色が薄くなった気がする。毒の絶対量が減れば どうにかいけるか。


 解毒の詠唱を三回繰り返した時には、どうにか紫色の皮膚の部分は消えていた。



「た、助かりました! 息苦しさもありませんし!」



 大きな声でイライザが言っているなと思うのだが、それがやけに遠く聞こえる。



「アレックスさん、アレックスさん どうしたんですか!」



 これはあれだな、一時的に魔力を使いすぎて、睡魔が押し寄せてきてるな。まさか毒が回って意識がなくなりかけてるってことではないことを祈――





 俺の意識はそこで途切れた。

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