第12話 道場生活

「おお、無事に勝ったか! おお、暮らせ、暮らせ! 余っとる部屋を使えばよい!」



 道場主のケーン師範(師範とは呼ばれてないようだが、道場主だから勝手に師範と呼ぶ)から了承をあっさり得られたので、サヴァラニアの生活拠点はできた。


 今となっては大僧正が俺にやらせようとしていたことが何かもよくわからないが、田舎でずっとやってた人間が見聞を広めるなら都会で暮らすというのは悪くないはずだ。


 それと、イライザが、


「本格的に暮らすことになったんだから、もうちょっといろいろ買いませんか?」


 と言ってきたが、



「贅沢は神官の敵なので古着でいい」



 と丁重にお断りした。間違ったことは言ってないが、単純に生活がどうなるかわからないのに散財してられないというのが大きい。






 道場はケーン師範が親の代から受け継いだものという。都市の中で道場の広さを確保できるとなると、なかなかの金持ちではと思うが、先々代が騎士身分で土地を拝領したものをそのまま使っているという。



 道場の裏手は道場主の自宅、つまりケーン師範の土地で、寮として使える二階建て家屋が師範の家の向かいに建っている。その寮の一部屋を俺が使わせてもらうことになった。安宿を使うより治安もいいし、悪いことは何もない。



 ただ、このまま大都市の生活に慣れすぎると、神官の本分を忘れそうだから怖い……。







 そういう意味もあって、備え付けの小さなテーブルの上にラジェナ神の小さな青銅の像を安置している。



 ここで祈りを捧げる。ただ、ラジェナ神の信仰はけっこういいかげんで、毎日早朝の祈りは捧げていたが、それすら厳密な時間の決まりはなかった。



 これは神格が少なすぎる関係も大きい。

 大きな宗教は神格が多かったりしがちだ。10の神格のおつとめを全部やればそれだけで相当な時間になる。実際はまとめてやるとか、別の人間が担当するとかで対応してるのだろうが。




 ラジェナ神は単体の神だけで、しかも地元のゆるい信仰で成り立っているので、奉仕の数も増えないのだ。ラジェナ神様に顔向けできないようなことはせずに、実直に生きましょうというほとんど通俗道徳のようなことしか言ってない。



 とはいえ、信仰心のない神官など何の価値もないので、しっかりと礼拝する。早朝にしては遅い時間だが、ちゃんと早朝にもやったので本日二度目だ。



 神像の前で目を閉じ、両肘を少しだけ突き出す。こういう姿勢で行うものと昔から伝えられている。





 信仰が広がるように努力いたします。実際にどれだけの効果があるかはわかりませんが、自分は赤子の時、ラジェナ神殿の前に置かれていなかったらそのまま落命していたかもしれません。あるいはまともな教育すら受けさせてもらえなかったかもしれません。こうして、神官として暮らせているのもすべてはラジェナ神様のおかげです。



 ならば、その発展のために人生を送るのも当然――



「このように祈られるんですね」



 背後にイライザが立っていた。



「うわっ! なんでここに!」


「カギもかかってなかったんで。イチジク売ってたんで買ってきました。ラジェナ神殿って食べ物の戒律はないですよね?」


「うん、肉も食べる。そもそも田舎だから飽食の生活なんてできないしな」



 イライザはイチジクをどんと小さなテーブルに置いた。



「ところで、まったく気づきませんでしたね。気配なんて全部察知してると思ってましたけど」


「そんな力まではない。【反響隠者】っていうのは……自分の特技に名前をつけるのってやっぱり格好悪いな」


「そのうち慣れますよ。続きを聞かせてください」


「【反響隠者】っていうのは音が戻ってきたものを元にして、そこにあるものを把握する力だから。こっちから動かないとわからない。それと人の気配なんてのも、まあ、完全な一般人よりは優れてるかもしれないけど、祈りの最中に外側にばかり意識を向けてたら、単純に不敬だろう?」


「あっ、それはたしかに……すみません」



 イライザも自分の言ってたことがおかしいと気づいたらしい。



「別に攻めてはない。神官らしい格好もしてないわけだし」



 俺はせっかくなのでもらったイチジクにかじりつく。ちょうどいい甘さだ。



「ところで、何の用だ? 今日の道場の練習は昼からって聞いたけど」



 ぞんざいな対応に聞こえるかもしれないが、中年男の部屋にあまり来るべきではないのだ。まあ、剣士だからイライザは武装してるが。



「冒険者ギルドに行くんです。登録だけでも早くやったほうがいいですから。どうせ冒険者ギルドの場所も知らないでしょ」



 たしかにサヴァラニアの地理なんて全然頭になかった。







◇◆◇◆◇







 サヴァラニアは大都市なので、小さな町にはないガラの悪い通りもある。午前中から酔っ払いが千鳥足で歩いているような薄暗い路地だ。



「正直なところ、女性が一人で歩くような場所じゃないなあ」



 と言ったら、



「酔っ払いを恐れる冒険者なんて話にならないですよ」


 と笑われてしまった。それはそうだ。




 そんな路地の中にあるにしてはずいぶんと大きくて目立つ建物が冒険者ギルドだった。

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