第8話 決闘の手伝い

 小雨がぱらつく日の夕方、俺はイライザの生まれ故郷にやってきた。当然、イライザも一緒だ。



 途中、イライザに「アレックスさんの地元に似ていますか」と聞かれた。「そうでもないです」と答えた。なにせ植生が違う。今は夏に入る前とかだから大差ないが、冬はラジェナ村のほうがずっと寒いはずだ。



 到着した生まれ故郷はありふれた、のどかな田舎の村で、こんなところでも土地の奪い合いがあるのかと思うと、げんなりする。こういう人間の醜さを見るのも修行の一つなのかもしれない。







 弟さんの夫婦が俺たちを見かけると手を振ってくれた。

 イライザが横にいてくれてよかった。俺だけでは敵側の用心棒と区別ができないはずだ。



「アレックスさんですよね。手紙で事情は姉からうかがっています。本当によろしくお願いいたします」



 弟さんはいかにも線が細い人間で、言ってはなんだが悪い人間につけ込まれそうではあった。しかし、結婚相手の娘さんはその誠実なところに惹かれたような気もする。このあたりの加減は難しい。



 そういえば、ラジェナ神の信仰はあまり人間の性格とか生き方といったものに踏み込むところがなかったな。



 素朴に真面目に生きましょうということしか謳ってなかったというか。神学的な深い洞察なんてものはなかった。そんなの地元の人たちは求めてないし、信者は地元の人たちしかいなかった。



「俺……私がどこまでのことをできるかわかりませんが、努力はするつもりです」



 初対面で俺というのもぞんざいかもと思って、ここでは「私」に訂正する。



「アレックスさんは遠方では有名な武人なのですよね。聖剣も抜いたとか。期待しています」


「えっ? 武人ではないですよ!? ラジェナ神殿の神官です!」


「あれ、手紙には武人と書いてあったはずなんですが……」



 イライザのほうを見たら、目をそらされた。

 いや、ウソはついちゃダメだろ!



「大丈夫です。10日ほど特訓……というか実際の戦いでどれだけ通用するか確認する作業を続けたけど、アレックスさんは本当に強いですから。道場でやったように戦えば、それだけで勝てます」



 イライザが言い聞かせるように言ってきた。



「今でも半信半疑ですが、やると言った以上はやります。ですが、俺……私は武道家じゃないんで、本職の奴が用心棒として乗り込んできたらどれだけやれるかわかりませんよ。負けても恨まないでくださいね」



 これで恨まれるとやってられないので、俺はその点は繰り返す。



「無駄な仮定ですよ。アレックスさんは勝ちます」



 イライザの自信は俺本人よりずっと強いな。







◇◆◇◆◇







 やがて土地の権利書を持つと主張する連中がやってきた。



 背後に背の高い奴もガタイのいい奴も控えている。鎧姿の奴も見える。確実に「決闘」の対戦相手だろう。



 その中から、いかにも詐欺師という人相の背の低い中年男が前に出てくる。



 俺は神官だし、人を見かけで判断してはいけないが、人格が顔に出るのもまた事実だ。

 こういうことを繰り返してきた奴で間違いない。



「では、お話し合いのとおり、死者の出ない『決闘』で勝負をつけましょう。しかし、そちらは参加者がずいぶん少ないようですが」



 詐欺師(こう呼ばせてもらう)に指摘されたイライザがうなずいた。



「ええ、こちらは二人です。先鋒は私で、大将はこの武道家、アレックスさんがやってくれます」



 だから武道家じゃない! そこは助太刀の神官ってことでいいだろ! 相手が気合いを入れるだけなので言わないでくれ!



 後ろの連中が「聞いたことのない顔だな」という態度をとっている。聖剣の話を持ち出されなくてよかったとしよう。



「試合の前にルールの確認をいたしましょう。どちらかの陣営が全員戦えなくなるまで、あるいは降参するまで一対一の形式での試合を続けます。剣士の方もいるので剣を使うのはいいですが、事前に刃がついてないか確認します」



 詐欺師はつらつらとよどみなく説明をする。



「こちらは二人目までが剣士で、残りは武道家や盗賊です。ああ、盗賊というのは冒険者ギルドに登録されている名前でお尋ね者ではないですのでご安心を」



 やっぱり手際がよすぎるな。真剣を使わないにしても決闘の手順など、すらすらと言えるものじゃない。言葉は出ても、もっとおどおどするはずだ。



 土地の権利書も偽造したものだろうし、厳正な裁判より決闘みたいな胡散臭い方法で決着させたいんだろう。


 敵の側の剣をイライザが確認したが、刃はついていなかった。イライザの剣ももちろんルール上、問題ない殴打用の剣だ。










 勝負の場所は村外れの原っぱ。



 村民がちらほら見に来ているが、興味本位というより心配そうな顔をしていた。そのせいか盛り上がる空気はない。イライザの弟夫婦がカモにされそうになっているのはみんな知っているのだろう。



 イライザが自分の太ももを軽く叩いた。



「じゃあ、行きます!」


「善戦を期待してますよ。神官として心から応援します」



 イライザが勝ってくれればそれが一番なのだ。自分がケガをしない程度にボコボコにしてやってくれ。これぐらいのことを思うのは神官でもいいだろう。



 一戦目の敵は若い剣士でそこまで戦い慣れしているようにも見えない。



「いざ、勝負です!」



 イライザが敵に突っ込む。

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