牡丹鍋の夜
水鳥先生のマンションはタワマンじゃなし新築でもない。だいぶ年数が経ってる気がするな。だけど部屋に入ってみると綺麗だ。リフォームでもしたのかな。部屋数だって多いし、リビングだって広いのよね。
「冷えたやろ、風呂であったまって来てや。千草、着替えを出したって」
「もう用意してるよ」
えっと思ったけど有無を言わせずに千草先輩にお風呂に連れて行かれた。そのまま一緒に入ったけど、これなら二人でも入れる広さがあるよ。入ってみると体が温まるのが嬉しいな。着替えさせてもらったら、
「もうちょっと待ってや」
牡丹鍋の用意をしてるのは水鳥先生だ。用意が整ったらリビングのテーブルを囲んで、
「カンパ~イ」
これが牡丹鍋なんだ。実は初めてなんだよ。食べてみると美味しい。
「山椒を振っても美味しいよ」
猪も豚の仲間のはずだけど、だいぶ違う。豚肉よりがっちり歯応えがあるし、脂身のとこも美味しいよ。
「猪肉は煮れば煮るほど美味くなるって言われてるねん」
猪肉って天然ものというかジビエだから、昔は臭みが強くて大変だったとか。だから味噌鍋だそうだけど、今のは処理とか臭み抜きが良くなってるとか、なんとか。猪肉も美味しいけど野菜も味噌味が沁みてたまんない。
田舎風というより、野趣あふれるって感じが良いのよね。なるほど、この味噌味が欲しいから特製味噌も買ってたんだ。これならビールでも良いけど、やっぱり日本酒だ。
「熱燗が合うで」
うん、そんな感じ。日本酒は冷やして飲むのが好きだけど、牡丹鍋なら熱燗が合う。
「冷酒もあるで」
こっちも合うじゃないの。寒かった紅葉狩りの夜にはピッタリだ。それにしても水鳥先生の腰は軽いな。こういう時って、旦那さんは座って動かずにお客さんの相手をして、奥さんが動くものだと思ってたけど、
「そんなもん昭和の話や。今は平成も終わって令和やぞ」
まあそうだけど、なんか見てると千草先輩が動きそうになるを察して先に動いているようにしか見えないもの。それを言えば牡丹鍋の支度をしたのも水鳥先生だし、鍋奉行をしてるのもそうだ。これって恐妻家とか、カカア天下だとか。
「そりゃそうや。千草はオレの夢みたいな人やねん。そんな千草が嫁になってくれてるんやぞ、逃げられんようにするのは当たり前や」
コチコチの愛妻家ってことか。けどさぁ、千草先輩は子どもが・・・あっ、しまった、なんてことを、
「あんな、夫婦になったら子作りするのが多いのは否定せん。子はかすがいって昔から言うし、子どもが生きがいの夫婦かって普通におる。そやけどや、それ以前に夫婦になってくれた大事な、大事な人やろうが。それより何より、オレは子どもが大嫌いやねん」
千草先輩の言ってた通りだ。不妊症は女のハンデだけど、それを頭から受け入れてくれてるって。それだけじゃなく、なにがあっても守り抜いてくれるのだとか。千草先輩が良い人なのは知ってるけど、申し訳ないけど誰もが振り向くような美人じゃない。
「はっきり言って良いよ。ブサイクなのは良く知ってるもの」
「千草のどこがブサイクやねん。故郷でもダントツの美少女や」
とは言うものの見た目のバランスが良くないから、揶揄うどころか罵るのもいるそうなんだ。そしたら水鳥先生は本気で怒るし、その相手を地獄の底に突き落とすぐらいの報復をするのだとか。
「それは言い過ぎや。やってるのは黙って見送るジハドだけや」
「思いっ切り陰険だけどね」
本当はどうしたかは教えてくれないけど、もう結婚四年目だけど牡丹鍋より熱いラブラブ夫婦なのは見てるだけでわかる。今でも千草先輩は旦那ラブだし、水鳥先生だって嫁さんラブも良いところだ。どうやったらこうなれるのだろ。
「平凡やけどお互いの相性に尽きると思うで」
「それしかないよ」
どうやったらそれがわかるのかな。
「それがわかったらあんなに離婚せんやろ」
「同棲したって、わかんない時はわかんないし」
同棲中は相性がピッタリだと思っても、結婚したら亭主関白になる男か。
「女かって猫被ってたのが剥げ落ちるのもおるで」
「そういうタイプの人って、結婚したら相手が絶対に逃げ出さないって信じ込んでるのよね」
釣った魚にエサをやらないタイプだろうけど、エサをくれなきゃ、逃げるに決まってる。それぐらい見分けは難しいのは聞いてる。だから三組に一組は離婚する。これって確率三分の一のロシアンルーレットみたいなものじゃない。
「結局はそうなるな」
「だけどさ、最初から無理あるのもあるよ」
それわかる。申し訳ないけど、組み合わせに無理があり過ぎるのはいるもの。そういうところは殆ど離婚してるのじゃないかな。
「結婚に浮かされるとなんも見えんようになるんやろうけど」
「とは言えはあるよ」
止め処もない浪費癖とか、見境の無い浮気癖とか、
「青い鳥男もおるで」
なんだそれって思ったけど、学歴とかのプライドが高すぎる男か。唯我独尊が強すぎて、衝突ばっかりして、どこの職場も長続きせず、辞表を叩きつけて辞めてしまうタイプなら知ってるぞ。決め文句は、
『こんな職場は合っていない』
『オレの能力はここに合っていない』
本当にそうであって転職して成功した人もいるけど、そうじゃない人もゴッソリいるよ。
「一概には言えないけど、本当に能力のある人ならヘッドハンティングされるよね」
御意。何度も転職するから給料も上がらないし、上がらないからまた不満を爆発させて転職みたいなループ。
「それはループじゃないよ。段々と下がって行くだけ」
うちの会社もいたものね。あんなのと結婚したらエライ目に遭うのは間違いない。他にもDV夫とか、マザコン夫とか、
「子離れできない姑もあるよ」
そうだった。結婚すれば相手側の親族も漏れなく付いてくるのだった。極度のシスコン小姑なんてのもあったはず。とにかくハズレ夫の条件は列挙できるけど、それを結婚前に見分ける決定的な手段が無いのがシビアな現実だ。
「最後の最後のとこは賭けになる。賭けに出るのが怖いのはわかるけど、それやったらずっと独身でエエかの話なってまうやん」
「バツイチはハンデだけど、バツイチの方が上手く行くって話もあるよ」
バツイチの扱いは昔ほどじゃないらしいけど、どうしたって色眼鏡で見られる部分はあるじゃないの。それにバツイチと言っても子どもが出来てしまってるケースだってある。子連れで再婚も出来るぐらいは知ってるけど、それでもOKの相手を探すハードルは高いはず。
独身の今だって相手探しにこれだけ苦労してるのにバツイチ、これの子ども付きってなったら眩暈がしそうだ。それより離婚は趣味じゃない。
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