アホな事件

 千草先輩とランチしてたのだけど、あの話ってなんだったんだ。


「聞いた話では・・・」


 企業間には様々な取引があり、その取引関係の力関係によっては上下関係も生まれて来るは常識。元請と下請けだったり、発注元と受注者みたいな関係。ややこしいから発注元と下請けってするけど、注文をもらう方は買ってもらう立場だから低姿勢になるのはビジネス上の礼儀だ。


「本当の意味の下請けは・・・」


 本当と言うか狭い意味だけど、下請け側だって様々で、多くの発注元を抱えている場合は立場はまだ強いかな。だけど特定の発注元に偏り過ぎてるとひたすら発注元の立場が強くなる。


「どうしてもね」


 文句があるなら買ってやらないの脅し文句が強力無比になってしまうぐらい。


「あれもね・・・」


 これまた何が本来かも話が煩雑になり過ぎるのだけど、望むべき関係はやはり信頼に結ばれた友好関係だって。


「業績って波があるじゃない。こっちの業績が悪い時には無理を聞いてもらい、余裕がある時はそれなりに還元するってこと」


 そこまで甘くはないのも現実だけど、発注元だって下請けがあってこそ成り立っている基本は忘れてはいけないぐらいかな。そうだな、立場が強い方が謙抑的と言うか、


「だからこそ礼を守らないといけないってこと。これはビジネスとは別の次元のお話」


 とは言うものの企業規模の大きいところの担当者はそうでないのもいるのよね。力関係で常に下請けに持ち上げられる立場だから勘違いしてるタイプとしても良いかもしれない。良くあるのなら無暗に接待を要求してくるパターンだ。


「高級料亭とか高級レストランの食事を定期的に要求したり、接待ゴルフも定番かな」


 ここも微妙な時は微妙だそうで、担当者同士の個人的な親交もビジネスでは重要だから、接待は害悪だと一概に言えないぐらい。問題になるのは、あくまでもその程度ぐらい。


「枕接待は一線を越えるかな」


 本当にあるらしい。発注元担当者が、下請けの女性社員に目を付けるとか、それに使えるような女性社員の同席を要求するとか。発注元の担当者の機嫌を損ねたりしたら、今度はどんな無理難題を押し付けられるかわからないから、対応に苦慮させれるんだって。


「リベートを要求するのも多いよ」


 リベートと言っても少し高めのお中元とか、お歳暮ぐらいは余裕の許容範囲内ぐらいかな。当たり前だけどリベートもやり過ぎると横領とか背任になるからね。あまり嬉しくないけど、そういうスタンスの担当者を丸め込むのも営業の仕事だって。それだってシンドイだろうけど今回のは、


「噂だけど・・・」


 なにか他の事でヘマをしたらしいんだ。どんなヘマかは千草先輩も知らないとしてたけど、


「業務で本当に大きなヘマをやらかしたのなら降格とか左遷のはず」


 そこまでじゃないけど、その失点を早く取り戻そうとしたんじゃないかって。だからだと思うけど絵に描いたような下請けイジメをやらかしてる。あまりにもステレオタイプで笑いそうだったけど、大幅なコストカットを突然みたいに突きつけたんだって。


「定番の代わりなんていくらでもいるの脅し文句とともにね」


 うちの担当も宥めまわったそうだけど、とにかく高圧的なんてものじゃなく、まさに剣もホロロの問答無用だったそう。もう担当者だけでは手に負えなくなり、話は上に上へと持ち上がって行き、


「社長が激怒したらしいね」


 それ聞いた。即断で契約を打ち切るって決めたとか。これだけでも事件だけど、ホントにアホな担当者だと思ったもの。だってさ、確かにうちは大口の受注者で下請けの関係だけど、


「それはあちらさんの注文量が多くてそうなってるだけ」


 鈴音も詳しいところまで全部知ってる訳じゃないけど、特許を持ってたり、そもそも技術的に他の会社ではそうは簡単に作れないとか、なんとか。


「それぐらい調べればすぐわかるはずなんだけどね」


 そもそもって話になるけど、うちの社長と向こうの先代社長が個人的な親交があったのが取引の始まりらしくて、向こうの社長が代わっても続いてる関係とか。取引量が多くなって向こうの会社に見かけ上は依存しているように見えるかもしれないけど、


「うちの製品を欲しいところは多いのよ」


 ホントにそうみたいで、向こうの会社と契約を打ち切ったらすぐに新規のところと契約を結んで会社的には痛くも痒くもないぐらいかな。


「向こうはエラい騒ぎになったよ」


 うちとの契約を力づくで打ち切って、他のところから調達したみたいだけど、それを使ってみたら不具合が出まくり、


「そんなどころじゃなくて、製品が出来なくなってしまった」


 そうなったものね。慌てた向こうの会社は社長まで出てきて契約再開を懇願したそうだけど、


「こっちだって次の契約を結んでるから、あちらさんに供給する余地はゼロだって蹴飛ばしたとか」


 あちらの会社は大きいから、その製品が作れなくなったからって倒産の危機にはならなかったそうだけど、売れ筋商品を突然みたいに失いかなりの痛手を蒙ったぐらいかな。あの担当者はどうなったのだろう。


「知らないけど会社に大損害を与えたからクビになったか、降格左遷になって自主退職に追い込まれるのじゃないかな」


 あれっ、クビにならないの?


「それって懲戒解雇だろうけど、あれって実際はハードルが高いらしいよ」


 千草先輩も詳しくはないらしいけど、懲戒解雇にするには社内規則で決めておかないとならないらしいんだ。犯罪行為はわかりやすいけど、ブライダル関連だったら不倫なんかも入るのじゃないかって。


 言われてみたらそうで、自分の結婚式の相談をしてる相手が不倫で慰謝料を払ったことがあるのは嫌だよね。その辺は企業によってあれこれあるだろうけど、通常の取引とかの失敗での損失だけで懲戒解雇までなりにくいかもって。


「今回なら・・・」


 うちの会社を切るにあたって、次の下請け先からリベートをもらっていたりしたらなるかもか。背任も犯罪行為だものね。もっともそれだって証拠は必要だし、調査するにも警察じゃないから限界もあるのか。


「だから自主退職に追い込むのがポピュラーかな」


 なにを考えてやらかしたか知らないけど、アホな話だ。

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