お兄さん
そこから雑談になったのだけど、気になるのは家から追い出された哲也さんがどうなってるかだ。ツーリングに来て、カツ丼を食べれるぐらいの暮らしは出来てそうだけど、やっぱり怪しいところから借金をしてるとか。
「お陰様でその手の借金はしてません」
そこからまた哲也さんの家族について聞いたのだけど、やっぱりゴチゴチの長男教信者の家で良さそう。これはそうなるぐらいお兄さんの出来も良かったのだろうけど、反比例するように弟である哲也さんの扱いはどれだけ低かったかがわかる気がする。
親はとにかく哲也さんに無関心だったのは聞いてたけど、これってそこまでって思ったもの。高校進学になると三者面談とかの進路相談もあるじゃない。高校進学もさせない毒親ではなかったけど、
「五分で終りました」
哲也さんがイラストに熱中してるのにも無関心も良いところで、専門学校進学だって、
「はい、どうぞでした」
じゃあ、お兄さんはどう育っただけど、
「良く言えばプライドが高いですが、悪く言えば傲慢です」
やっぱりそうなるか。だけどちょっと変わってるところもあって、
「うちは裕福じゃないですから・・・」
というか、どちらかと言えば貧乏ぐらい。貧乏は言い過ぎとしても生活はラクじゃないぐらい。それが悪いとは言う気はないけど、
「兄はプライドを満たすカネがないのがコンプレックスだったようです」
その手の人間は見栄張りだからカネでブイブイ言わせるケースは多いのよね。これが暴走すれば借金に手を出してクビが回らなくなったり、生活が破綻するのも良く聞く話だけど、そっちにはいかず。
「倹約家の側面はあります」
それは良く言い過ぎだろ。大学生ともなると友達付き合いにもどうしたってカネがかかる。たいした話じゃないけど、お昼ご飯を食べに行こうとか、夜は飲みに行こうとかの類だ。これは悪い意味だけじゃなく、そうやって交流関係を深めたり、広めたりもある。
それぐらいは誰でもやるし、鈴音もしてた。その延長線上でコンパもあるし、さらに合コンもある。誰だって彼氏や彼女も欲しくなるじゃない。彼氏や彼女が出来ればデート代だって必要になる。
もちろんだけどカネがなければ参加しないのも普通にある。いわゆる苦学生になるのだけど、お兄さんはむしろ積極的に参加してたのか。それ自体は悪い事ではないけど、
「武勇伝は自慢されました」
それ武勇伝じゃないだろ。タチの悪いやんちゃ自慢未満の話だぞ。大学生になってもカネがないにしても、
「家庭教師のバイトをやってましたから、それなりにあったはずなんですけど」
だったらなおさらだ。だってだぞ、昼食にファミレスに行くとするじゃない。そしたら自分は何も注文せず、他の人の食事に断りもなく箸を突っ込みまくるってなんだよ。そうやって他人が注文した料理を食い荒らした挙句に、個別会計だから一円も払わないってなんだよ、それ。
「もっと凄いのは・・・」
コンパがあるとわざと遅刻して行き、そこから散々飲み食いしておきながら、遅れてきたから残り物しか食べていないって頑張ったって冗談かよ。そこからゴネ倒して会費を踏み倒したのは武勇伝じゃなく、ただの迷惑野郎だ。
「だから友だちは少なそうでした」
いる方が不思議だ。そんな事をやらかせば、二度とまともに付き合ってくれるものか。他にも借りパクの常習犯で、
「あれはビックリしましたけど・・・」
テーブルの上に置いてある紙ナプキンとか、爪楊枝を根こそぎ持って帰るだけじゃなく、調味料もわざわざ瓶とかを持って行って、これまた根こそぎ持って帰って来るって泥棒だ。他にも寸借り詐欺もどきもやらかしたってなんだよそれ。
どうも一回ごとの被害額が多くなかったのと、周りの人たちがすぐに対応しただけでなく、ブラックリストとして速やかに大学中に周知してくれて、被害の範囲も少なかったみたいなんだって。
「兄の大学の周囲の店は殆ど出禁になってたとか」
それでも成績だけは優秀だったみたいで有名企業に就職出来てるのか。面接官も節穴だぞ。仕事場の評判は、
「兄の話ではエリートコースのようです」
仕事だけは出来るのか。もっとも実態までは家族でもわからないよね。そうだ、そうだ結婚式はどうだったの。
「あれも異例の気がするのですけど・・・」
弟だから出席したのだけど、はぁ、そんな事ってあるのかよ。結婚式って大雑把に言うと挙式と披露宴ってあるじゃない。結婚式の形式とか規模によるけど、挙式と披露宴の両方に出席する人と、披露宴だけ出席する人はいるよ。
挙式は親族だけで行われたのは良いとして、挙式に参加した親族はそれで帰されたってどういうことよ。そんな事をすれば、両親だって披露宴で新郎なり新婦の晴姿を見られないし祝えないじゃない。
「より多くの人に祝ってもらうためとしてましたが・・・」
そりゃ、挙式の参列者を帰した分だけ披露宴は多く呼べるかも知れないけど、そんな結婚式なんて聞いた事ないぞ。挙式だけ参列して披露宴に出席しない結婚式なんか聞いたことないし、そもそもだけど親兄弟が元気でいて、大喧嘩もしてないのに出席しない披露宴がおかしすぎる。
「お祝儀はキッチリ受け取ってましたけどね」
そこもおかしいぞ。結婚式のお祝儀にはあれこれ意味はあるとは思うけど、あれって披露宴のお食事代を払うって意味あるじゃないの。それにお祝いのお心を上乗せするぐらいかな。
親族になればお祝いのお心が大きくなるだろうけど、披露宴のメシを食わせないのは詐欺だろうが。これだってさ、挙式と披露宴を別の日にするのならあるとは思うのよ。挙式を親族だけでして、後日に友人知人と披露宴をするスタイル。
そういう時は披露宴と言うより結婚報告会みたいな体裁の時があるぐらいは知ってる。ぶっちゃけで言うと披露宴の二次会をリッチにやってるぐらいのやつ。そういう披露宴にも出席したことあるけど会費制だった。
だけどだよ、お兄さんのは同日じゃないの。同日なのに挙式に参列した親族が披露宴に出席しないなんて聞いた事ないぞ。どうしてそんなスタイルにわざわざしたんだよ。
「兄の結婚式はかなりの黒字だったそうです」
わかったぞ、より多くの人からお祝儀を集める算段だよそれ。親族は義理もあるから披露宴に出席できなくてもお祝儀を払うもの。どうせお祝儀をもらえるのだったら、挙式と披露宴で重複するのは無駄って考えたに違いない。
そこまでしてお祝儀をかき集めて結婚式を黒字にしたかったのかよ。まさにセコケチ男だ。いや、そんな結婚式にするのを同意した新婦も同類に違いない。だってさ、結婚式にこだわりが強いのは男より女だ。
鈴音だって他人の事を言えないけど、結婚式には夢と憧れがあるものね。どうせならあれしたいとか、これしたいがあるのが女だ。これに較べると男はそこまでのこだわりが少ないのが多いはず。
「新婦の両親への手紙も定番ですよね」
鈴音だってやりたいよ。というか欠かせないプログラムだ。だからこそ親の披露宴への出席は絶対だ。親を欠席させといてやらかしたらギャグだ。そんなプログラムよりお祝儀が大事だなんて信じられないよ。よく両親が納得したものだと思うけど、
「兄の言葉は我が家では絶対ですからね」
そんな家だと聞いてたけど、そこまでとはね。聞いてる限り似た者セコケチ夫婦だから気は合いそうな気はするけど、待った、待った、待った。あくまでもたとえばだけど、鈴音が哲也さんと結婚したら義兄夫婦になっちゃうじゃない。
つまりは近い親族になるから親戚付き合いだって必要になるはず。この辺の付き合いの濃淡はあれこれあるけど、絡まれたら厄介そうなんてものじゃない。これにそんな義父母まで乗っかられると想像するだけで勘弁してくれの世界になりそうじゃないの。
結婚して親族になっても付き合いを小さくするのはありだろうけど、こっちがその気でもあっちが絶対に絡みついて来る予感しかしないよ。どう聞いたって長男教絶対主義の家だから、次男の嫁の地位なんて想像するだけで寒気がする。
これも定番みたいな話だけど、夫の実家で嫁が扱き使われる話があるじゃない。姑の嫁イビリの類型みたいなものだけど、どう考えたって次男の嫁である鈴音の地位は家の中で一番下だ。これだって年齢からすれば普通と言えば普通だけど、哲也の家では様相が違う気しかしない。
終身保証付きの家政婦、いや下女、問答無用の女奴隷。そもそも人って思うわれているかどうかも疑問だ。そういう状態にされて離婚した話もあれこれ転がってるけど、あれだって多くの場合は結婚するまでは知らなかったが多いはず。
わかるかな。そうなるのがわかっていて飛び込んで行く女なんているものか。そんな極悪状態が待ち受けているのがわかった時点で、スタコラサッサと逃げるに決まってる。それでも愛し合ってるから結婚するケースは・・・
無い事はないか。そういう時に要になるのは夫に尽きる。夫の親族問題に対処できるのは夫しかないはず。夫が親戚づきあいにこだわるのならスタコラサッサの一択だ。唯一の活路は親族との関係を断ち切ってしまうこと。
でもさぁ、でもさぁ、そうするには夫婦の経済力が必要になるんだよね。ここもぶっちゃけだけど、絡みついて来る親族との関係を断ち切るにはカネがいる。ここが親子関係の難し過ぎるところで、勘当とか絶縁と言っても言葉だけで法律上は死ぬまで親子関係は残るはずなんだ。
こっちが切ったつもりでも絡みつかれたら難題なんてものじゃない。だから住所も知らせずに遠くに逃亡するのも定番だ。海外赴任なんてのもあったかな。けどさぁ、遠くへの逃亡なんてすれば職も失うのよね。
食を失えば収入もなくなる。逃亡先で上手いこと見つかれば良いけど、鈴音は平凡な会社員だし、哲也は実質的にフリーターだ。どこをどう考えても生活は苦しくなりすぎる、さらにだけど、それだけじゃない。
逃亡すれば職を失うだけじゃなく、生まれてから培ってきた友人、知人も一挙に失ってしまうのよ。失うと言うか、暮らしていくための人間関係が根こそぎリセットされてしまう。これって軽視できることじゃない。
哲也との結婚問題は経済問題がネックだったのに、これに厄介すぎる親族問題が上乗せされちゃった気分だよ。せめて経済問題だけでもなんとかならないものか。とはいえ、そっちの解決だって難問なんてものじゃない。そんなに簡単にお金を稼げるなら、誰も苦労なんかするものか。
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