家系伝説

 帰りも安全運転しながら哲也さんとおしゃべり。哲也さんがお兄さんと較べられて冷遇されてたのは聞いてたけど、


「古臭い考え方の家でしたから」


 へぇ、家系伝説がある家なのか。それによると先祖は戦国武将らしいけど、


「子どもの時から言われ続けて、ホンマかいなと思い出したのが歴史に興味を持つキッカケです」


 それであれだけ詳しいわけか。哲也さんが聞かされた御先祖様は秀吉と戦った勇将みたいなものだったらしいけど、それって、


「秀吉の中国攻めの時の話です」


 それぐらいしか戦う機会はないよね。それで実在したの?


「それなんですが・・・」


 江戸時代に地方の風俗とかをまとめた地方誌みたいなものが、ある時期にかなり書かれたんだって。ある種の流行みたいなものかな。風土記みたいなものだって哲也さんは言うけど風土記って言われてもピンと来ないな。


「地名の由来とか、その地名にまつわる歴史的なエピソードとか、伝承を集めたものぐらいです」


 今なら郷土史みたいなものかな。それに載っているのは載ってるのだとか。もっとも、


「ほんの一行程度でして・・・」


 ある陣屋に山田某ってなってるのが御先祖様だとか。これも陣屋の主じゃなく、家老の次の三番目だとか。というか、三人しか名前がなかったのか。


「ここなんですが、そもそもうちは山田じゃありません」


 おいおいって話だけど、家系伝説では秀吉と勇敢に戦って落ち延び、追手から身を隠すために苗字を変えたとか、なんとか。それでこじつけられるのなら誰でも出来そうじゃないの。


「だから家系伝説です」


 ぎゃふん。ところでさ、陣屋ってなんなのよ。たしか江戸時代でお城を持たない大名のお屋敷だったんじゃないの。


「一般的にはそうですが、まだ戦国時代のお話です」


 哲也さんも最後のところがわからなかったみたいだけど、


「これはボクの解釈ですけど・・・」


 まず城と砦の違いか。これも厳格な分類はないそうだけど、城は恒久施設で、砦は臨時施設の事が多いんじゃないかとしてた。これだって砦が恒久化したり、単に城より小さいものを指したりとかで明確な基準で呼び分けれたものじゃなさそうだって。


 他にも館とか、構とかあるのは聞いたことがあるけど、あれは中世からの武家屋敷だろうって。住んでる屋敷の周りに塀を巡らせたり、堀を掘って土塁にしたりとか。ただ、そういうところは防御能力に劣るから、


「詰めの城と言って、いざ攻められたら籠る山城みたいなのがあったはずです」


 戦国も激しくなってくると館から詰めの城に生活拠点ごと移すケースも増えたのかも。じゃあ、じゃあ、戦国時代の陣屋ってなんなのよ。


「どうにもはっきりしなかったのですが、江戸時代なら代官所みたいなものじゃないかと考えています」


 戦国大名も領地を抱えているから、行政上の出先機関みたいなものかな。でもそういうところって防御拠点としては期待されなくて、そこにいる人だって武官と言うより文官、ぶっちゃけ役人みたいな人じゃないの。


「そうなるはずです。秀吉が攻めてくたら、近くの城なり、砦なりに撤収したはずです」


 そうなるよね。あれっ、もし家系伝説がそれなりにでも本当の部分があったら、


「そう思いましたか。ボクもそうで、秀吉軍が来ると聞いて、さっさと逃げた気がしています」


 防御施設としては城や砦未満だろうし、そこにいた侍の数だって最小ならその三人だけって可能性もあると思うんだ。そういう施設は平時には必要だろうけど、秀吉軍が攻めて来るクラスになると防衛の役に立つと思えないもの。


 今で考えたら、暴動みたいなものが起こった時の派出所とか駐在所みたいなものの気がする。そこの警官の人数で手に負えないと判断したら、そんなとこに立て籠もったり、ましてや戦うより本署とか、もっと上の応援を乞うために撤退するはずだもの。


 撤退するとなったら、近くの有力な支城とか、三木の本城になると思うけど、そこについては裏付けゼロだし、家系伝説では、とにもかくにも落ち延びて生き残ってるのよね。


「そうなんです。そこも引っかかるところでして・・・」


 三木の籠城戦は戦国史でも有数のもので、なんと、なんとニ十か月も籠城してるんだって、秀吉は徹底した兵糧攻めを行って三木の干殺しとして知られてるぐらいだそう。城内が餓死寸前になって降伏してるのだけど、籠城戦に参加した城兵たちは、それこその家系伝説として長く語り伝えたとか。


「播州では超弩級の出来事で、明治になって苗字を付ける時に、先祖伝説に因んで三木とした人が多かったとなっています」


 だけど哲也さんの家は三木姓でもないし、家系伝説にも苛烈を極めた籠城戦の話はないんだって。そうなると三木の籠城戦にも参加していないことになる。ここから先は調べようもないけど、最大限に甘く見積もって、


「別所方として参戦したとしても、序盤戦で追い散らされて逃げてしまったぐらいです」


 秀吉軍が来ると聞いて、トットと逃げたぐらいが関の山の気がする。それだって家系伝説が本当で武士だったとしてだ。聞くからに怪しさがプンプンする家系伝説だけど、問題なのはその家系伝説を頭から信じ込んでる点だよね。


「兄が優秀であったのは認めますが、そういう古臭い家ですから・・・」


 あははは、お兄さんは跡取り息子だから優遇されたのか。そういうけど、肝心の家はどうだったの?


「爺さんの代まで雑貨屋だったみたいですが・・・」


 その手の店はスーパーとか、コンビニとか、ホームセンターとの競争で潰れたところが多いはずだけど、哲也さんの家も例外じゃなく、親父さんはサラリーマンだってさ。それも勤めてる会社も教えてもらったけど鈴音も知らないな。それでも家屋敷とかは、


「爺さんが雑貨屋を閉じた時に売り払ったらしくて、公団に住んでました」


 売り払った家も先祖伝来の立派な家だと聞かされていたみたいだけど、その家があったとされるところに行ってみたんだって。そしたら、


「あれも良くわからなくなっていて・・・」


 それらしいところに行ったらしいけど、


「阪神大震災後の区画整理があったみたいで・・・」


 さっぱりわからなくなかったとか。哲也さんの親父さんなら知っているはずだけど、その辺も確かめようがない世界みたいだ、厄介だったのは親父さんがお家再興に情熱を燃やしてた点だったみたい。


「親父もしがないサラリーマンでしたから、いつしか家系伝説をプライドの拠り所にしたのじゃないかと見ています」


 お兄さんが優秀なのはウソじゃないみたいで、港都大経済学部を卒業してエリートコースだってさ。それぐらい優秀だから雑貨屋の再興じゃなかった、先祖の勇将の誇りを取り戻してくれる期待の星みたいになったぐらいみたい。


 それが長男で跡取り息子だから、親の関心もお兄さんばかりになり、イジメまではなかったとしてるけど、とにかく興味も関心も持たれなかったぐらいみたい。親に構われまくると言うか、過干渉なのもどうかと思うけど、感心が低すぎるのもシンドそうだ。


「マザコンじゃないつもりですが子どもだから・・・」


 お兄さんばかりじゃなく自分も見て欲しかったか。それはマザコンじゃないと思う。子どもなら誰でもそう思うものだよ。そうやって親に認められ、可愛がってもらいたいは誰にだってあるもの。


「ちょっと辛かった時はありました」


 いや、それはかなり辛いだろ。とにかく普通じゃない家なのだけはわかった。

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