かやぶき屋根の里

 こうやってツーリングに出かけられるぐらいだからホームレス寸前ってことはないはず。怪しいところの借金に手を出して見栄を張ってる可能性は残るけど、今日はそうでないと無理やりでも信じる事になする。


 ルートは海鮮丼ツーリングでの美山かやぶき由良里街道までは同じ。違うのは国道一六二号にぶち当たった時に左折して北に向かうのじゃなく右折して南に走ったとこ。哲也さんもそうだけど千草先輩も走る道の事を街道名で呼ぶことが多いのよね。デカンショ街道とか、丹波の森街道とか、水分れ街道とか。


「国道ならまだしも県道とかになると号数まで覚えきれないのと、走っていてもわからないことが多いからです」


 なるほど。国道っておむすびって呼ぶ人もいるみたいだけど、紺色に白抜きの逆三角形みたいな道路標示で出てくる。あれだって数字で覚えようとしてもすぐに忘れるけど、これが県道になると、


「横長の遠慮深いもので、ボクも最初は何の表示かわかりませんでした」


 鈴音もそうだった。さらに表示されてる数だって少ないものね。ナビには書いてあるけど、あんなもので案内されてもそれこそ机上のなんたらだよ。それでピンと来る人はいないんじゃないかな。


「地元人でも知らない気がします」


 地元ならなおさらじゃないかな。鈴音の家の近くだって何号線って呼ぶのは、


「神戸なら南からヨンサン、二国、山幹ですものね」


 南北になるともっと曖昧と言うか、どこそこの交差点とか、どこそこに行く道って言い方になってると思うよ。ランドマークに続く道って感じでも良い気がする。これが地方になるとランドマークも良く知らないし、ツーリングだからかなり長いルートを指すんだよね。


「丹波の三街道は最近に付けられたものですが、覚えれば割と便利です」


 もっとも街道名もどこからどこまでは人によって違いがあるみたいで、国道一六二号は京都から小浜を結ぶし、歴史的には周山街道になるそうだけど、


「あそこに道の駅があるでしょ」


 美山ふれあい広場ってなってるな。


「あの辺までを周山街道としてる人も多いみたいですよ」


 この辺は京都からのツーリングとの関係もあるみたいで、高雄のあたりから周山街道は始まるんだって。北山杉の産地みたいなところを走り抜けるツーリングコースになるそうだけど、


「あの道の駅でなんとなく終点みたいにする動画が多いからみたいです」


 そこから先は小浜に行く道とか鯖街道って呼んでるぐらいかな。京都からだって小浜までは遠いから、気分として全部を周山街道と呼びにくいぐらいかもだ。それはともかく今日は周山街道から離れて西に走る。


 今日はね、海鮮丼ツーリングの時にかやぶきの里の看板に偽りがあるって言ったら、哲也さんが本物はちゃんとあるって言い出したのよね。本物があったら見たいじゃない。ここまで来ればもうすぐのはずだけど、なんか売店みたいなものが見えて来たぞ。


 その辺が駐車場になるらしいけど、バイクは一番奥に駐輪場があるみたいだ。おぉ、ちゃんとあるじゃないの。それだけバイク乗りも集まって来ると言うか、集まってるぞ。いつもの事とは言え、これだけ大きなバイクがどこから湧いて出て来たかと感心する。


 右がハーレーで、左がBMWか。間に停めるとオモチャみたいだ。まあ、モンキーの作りって良く出来てると思ってるけど、可愛さも盛り込んであるから迫力はお世辞にもないのよね。こうやって並べると大型のプラモデルにも見えない事も無いぐらい。サイズ的には三分の二ぐらいのスケールだもの。


 駐車場の道向かいにかやぶき屋根の家があるのだけど、こりゃ、凄い。いったい何軒あるんだってぐらいあるじゃないの。鈴音も来る前に予習はしてたのだけど、写真って綺麗に映ってるけどウソも入ってるのよ。


 ウソは言い過ぎかもしれないけど、余計なものを切り落としてるじゃない。写真だけ見ると凄いって思っても、実際に見ると周囲も全部見えちゃうから、な~んだってなることも多い気がする。


 有名なのは札幌の時計台で、写真だけで見ると時計台だけがそこに存在してるように見えるけど、実際はビルとビルの谷間に窮屈そうに存在してるんだもの。鈴音も見に行ったことがあるけど、あれがそうなのって思ってしまったのはよく覚えてる。


 美山だってそうじゃないかと思ってたんだよ。かやぶき屋根の家は何軒かは残ってるだろうけど、それはほんの一角だけってやつ。でもそうじゃないよこれ。駐輪場は三百円みたいだけど、この料金箱に入れるだけって、


「先に払っておきましょう」


 絶対にズルする奴がいそうだけど鈴音はちゃんと払う。そうだそうだ、ズルする奴も良くないけど、どうしてズルした事を自慢したがるのがあんなに多いんだろ。


「たしかに。自慢するにしてもせめて仲間内だけにしとけって思います」


 ある種のやんちゃ自慢だろうけど、それをSNSに上げたりする神経が理解不能だ。あれって、それで褒められるとか、賛同者が湧いて来るって思ってるんだろうか。


「炎上商法にしても筋が悪すぎますよね」


 それもだぞ。タチが悪くて本物の炎上になるだけじゃなく、損害賠償にまでなる事件が起こっても、しばらくすると性懲りもなく誰かがやらかすのはSNSの風物詩みたいなもの。あれって確信犯なの?


「ボクに言わせれば学習能力もモラルもないサルです」


 サルだって痛い目に遭えば学習するはずだからサル以下だ。つうかさ、SNSでバズりたいのまでは理解する。バズるための手法を考えるのもありだとおもう。でもさぁ、探し当てたバズる方法がどうしてそれなんだとしか思えないよ。


 そんな事を話しながら集落の中に入って行ったのだけど、これは立派なものだよ。数だってまさに軒を並べるって感じじゃないの。ここまで残ってたら、そのまま時代劇のロケに使えそうだ。


 それとだけどあの家って住んでるじゃないの。それも洗濯物も干してあるから、ごく普通に住んでる感じがする。かやぶき屋根の家を利用したカフェみたいなものもあるけど、そっちより普通に住んでる家が殆どの気がする。


「究極の動態保存みたいです」


 上手いこと言うな。こういう古民家ってあちこちに残ってはいるけど、民俗資料館みたいになってたり、古民家カフェとか、古民家ショップのところが殆どの気がするのよね。つまり人が普通に暮らす家としては使われていないって感じだもの。


「普通に考えて不便ですよね」


 その辺がどうなってるかわからないし、外見はともかく、中は現代風にリフォームされてるかもしれないけど、そこに住んで暮らしてるのは哲也さんの言う通りに動態保存だと思う。こういうところって有名な白川郷もそうなの?


「まだ行ったことはありませんが、あそこは全国区ですから・・・」


 観光客も多いから観光シフトが進んでるのじゃないかって。言われてみればそうで、美山だってこれだけ観光客がいるのだけど、住人にとっては他人だし、他所者よね。そんなのが一日中ウロウロされたら家でノンビリ出来ないよ。


 そんな話をしながらかやぶき屋根の里を見て回り戻って来た。バイクの駐輪場の裏に行ってみると、これは綺麗な川だよ。谷間の里の真ん中に川が流れて、そこに田んぼとかやぶき屋根の家が広がるって、まさに日本の原風景だろ。ところでこの川は、


「由良川ですよ」


 はぁ、これも由良川なの。どこからどこまで流れてるんだよ。丹波や丹後のツーリングでどれだけ出会ったことか。さてだけど腹減った。哲也さんが連れて行ってくれたのは駐車場並びのお蕎麦屋さんみたい。


 お蕎麦と玉子丼のセットにしたけど美味しいぞ。地元で獲れたそば粉みたいで、卵も地元産だって。そう聞くだけで美味しさがアップする気がした。それにしても田舎みたいで、スマホを見たら電波が弱いのよ。


 こんなところでも弱いながらでも電波が届いてる事を感心するべきかもしれないけど、これじゃあ、住んでる人は不便だろうな。


「電話ぐらいなら通じるでしょうし、ネットがしたないなら有線を引っ張り込むのはありかと思います」


 そこから無線ルーターでWi-Flはありか。それぐらいないと暮らせないものね。それにしてもここってツーリングの目的地にするには最高クラスじゃないかな。ツーリングもバイク乗りでやり方、楽しみ方は変わるけど、やっぱり目的地はあるのよ。


 日帰りでも一日がかりならお昼をどうするかはある。やっぱりさ、美味しい物を食べたいし、値段も気になるし、バイク女子のファッションも気になるもの。ついでに言えばお昼休憩のついでに、なにか見る物がある方が嬉しいし、楽しいじゃないの。


「ボクもそうです」


 ここはかやぶき屋根の里が見れるし、ご飯だって美味しいもの。


「もっとも時間帯はあります」


 う~ん、それはある。思うのだけどバイク乗りって、気軽に立ち寄れて、気軽に見れるのを重視してると思うのよね。たとえばさ、駐車場に入るだけで行列してたら、


「並んでまで入るバイク乗りは少ない気がします」


 どうしてもそこに行きたいのならともかく、そうでなかったらパスしてしまうのが多い気がする。と言うか、そうなりそうなところは最初から考えないぐらいかな。少なくとも鈴音ならそうだ。並ぶ時間があれば走りたいぐらいだよ。


「ソロツーとか、小規模マスツーならそうする人が多い気がします」


 十台とか、二十台の大規模マスツーはどうしてるのだろうな。混雑してるところは基本的に避けるだろうけど、


「参加したことが無いからわかりませんけど、それだけの台数を停められる休憩場所を見つけるのも大変な気がします」


 団体旅行みたいなものだものね。あれはあれでお仲間がいて楽しいのだろうけど、鈴音には向かないかも。


「そもそも小型バイクの大規模マスツーは見た事がありません」


 鈴音もそう。そもそも小型バイクでツーリングしてる人だって少ないもの。だから出会ったら嬉しくなるぐらい。そんな他愛無い話をしてたけど、なんか落ち着くし、どこか心楽しいのよ。


 そんな事はとっくに気づいてるし、気づいてるから、こうやってマスツーに来てる。そこまでになれば次に進むのが女と男の関係なのもわかってるのだけど、まさにどうするか状態のままなのが我ながら優柔不断すぎる。


 なんかさ、思うんだけど恋をするにも年齢の違いってこんなに大きいんだと実感させられてる気分。たとえばだけど学生だったら、とっくに結ばれるとこまで行ってるはず。学生だから結婚だって念頭にそれなりに置くとは思うけど、重みがまったく違うもの。


 鈴音の学生の時だって彼氏がいたし、結婚だって考えてはいたけど、あれってまだまだ、将来の選択肢の一つぐらいだったで良いはず。それぐらい結婚って漠然とした一つのゴールだったもの。そんな事を考えてしまうのがアラサーなんだろうけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る