第33話 踊る新世代

ーー*


鳳雛学園の3年生もインターハイを終えて引退した。


伝統の部員間投票での新キャプテンの選出は満場一致。

全ての票が吾妻に集まった。


副キャプテンの人選はキャプテンにあり、吾妻は桜山を指名した。


吾妻「みんなありがとう。副キャプテンの桜山とチームを支え、牽引できるように努める。偉大な先輩たちを超える世代になろう!」


部員全員「おう!!」


挨拶をする吾妻は堂々としており、慢心の無い姿勢は他の部員達を惹きつけた。


堂本「吾妻さんは先日のインハイ73㎏以下でも優勝したし、やっぱ貫禄あるな」


寛太郎「先日のインハイは吾妻さん以外も桜山さんが100㎏超級ベスト16、氷川さんが60㎏以下級ベスト8だぜ。全国入賞レベルが揃ったとんでもない世代だよな」


本多「鬼怒川さん達も引き続き稽古には来てくれるし、鳳雛学園の時代は続くぜ」


鳳雛学園の3年生は全員が柔道推薦で大学へ進学する。

卒業するまで稽古に参加予定だ。


沼「鬼怒川さん達が抜けた穴は俺が埋めるぜ」


氷川「今年も強敵は鷹狼塾や伏龍かな?」


沼「あの2校はろくに人数もいないだろ。全国を見ようぜ全国を」


吾妻「おいおい、県予選から気は抜くなよ」


沼の心の緩みを吾妻が咎めた。



稀代の天才の存在と盤石の環境が、鳳雛学園柔道部に揺るぎない自信とプライドをもたらしていた。




ーー*



詩音「蒼くんはちゃんと中学校に行ってるの?」


当たり前のように毎日青島電工か伏龍高校の稽古に参加している青島弟を豊中兄が心配した。


蒼「問題にならない程度には行ってます」


蒼はテーピングを巻きながら言葉少なに答えた。


速水「練習の虫なのは血筋だよな」


速水は後方を指差しながら、困ったもんだと言わんばかりの表情を見せた。


速水の後ろにいる兄の葵は20分前から釜と立技の研究を続けており、額からは大粒の汗が流れ落ちていた。


青島父「よーし、始めろ!」


社会人「ぅおーっす!」


その日の青島電工の稽古が始まった。

青島と釜は水分も取らず、当然のように即座に参加した。


青島電工は実業団二部リーグを維持し続けている名門チームであり、所属する選手16人の大半が高校または大学時代に全国大会を経験している。


特に主将の鯵坂(あじさか)は33歳で選手としてのピークは過ぎているが、過去に日本一を経験している。


鯵坂「監督も酷っすね。毎日のように高校生連れて来て。みんな顔も身体もボロボロじゃないですか」


鯵坂は大怪我で長期離脱していたがここ数日で復帰。

戻ってきたら連日稽古に来ている高校生達がいて、彼らに興味が湧き始めていた。


青島父「だよな、俺なら逃げ出したくなるよ」


青島父は壁にもたれ掛かり腕を組んでいたが、左手で頭をかきながら続けた。


青島父「でもアイツら、全然根を上げねぇんだわ。それどころか揃いも揃って更に厳しい稽古内容を求めてきやがる。・・よほど飢えながら結束を固めてやがったな」


鯵坂「飢え?」


青島父は腕を組んだまま、隣に立つ鯵坂の顔を嬉しそうな眼差しで見た。


青島父「今度の新人戦、ひょっとしたらひょっとするかも知れねぇな」


鯵坂「・・?」


鯵坂はよく分からんと思いながらとりあえず愛想良く笑顔を返した。


蒼「おおるぅあぁああぁぁーー!!」

ズドーーーン!!


蒼は100kg級の社会人を、相撲のヤグラ投げのようなパワフルな技で豪快に叩きつけた。


蒼は乱取り中に鼻息が荒く、獣のようになる。

この日も立ち上がろうとしている相手の襟を掴んで攻め始め、まるで休ませる気配が無い。


鯵坂「ひーっ、彼も強いですねー。何年生ですか?」


青島父「・・ウチの次男は中学生だ」


鯵坂「中学生!!?あの気性と実力で!?社会人投げてますよ!?」


青島父「柔道着脱がせりゃテレビゲームしかしない大人しいデカブツなんだがな」


青島父は笑いながら続けた。


青島父「まだ高校の試合に出せないのが残念だよ。まぁ伏龍に入学するまでひたすら鍛えとくさ」


鯵坂はこの後自分も野獣達の相手を永遠とさせられる運命を悟った。


すぐに準備体操を始めたが、時既に遅し。

近くにいた村雨に乱取りをお願いされた。


まだ体操中だという言葉を無視され、汗の飛び散った青畳の真ん中へと連れ出された。



ーー*


国際体育大学附属では、巨漢1年生ホランによる技術指導が開催されていた。


ホランは母国モンゴルではモンゴル相撲の少年チャンピオンだった。

密着して組み合った体勢では類を見ない強さを誇る。


シュナ「普段はふざけてばかりなのに。モンゴル相撲に関する説明はわかりやすい」


大村「マクローリンの通訳のおかげもあるが、本当に参考になるな」


市原「俺も柔道に取り入れてみたいっス!」


国際体育大学附属高校は様々な宗教や国籍の学生が多く在籍していることから、個と多様性を尊重する文化が自然と根付いている。


主将の大村はその強みをもっと活かしたいという思いから勉強会を頻繁に開催していた。


新田「大村さん、俺バカだから難しいことはよくわかりませんが、この勉強会は体験型なので身体で覚えられて凄くいいです」


大村「俺も同じだ。俺達は身体で覚えてなんぼだよな。来週はレスリング出身のマクローリンにお願いしよう」



大村T健人は小柄で、性格も人一倍思いやりの強いタイプだ。


幼少期は外見が日本人と異なることからよくいじめのターゲットとなっていた。


そのバックボーンから、現在は個の尊重や人材を活かすことを大切にする主将へと成長していた。


マクロ「ケント、頑張ろうな」


シュタ「次の試合は鳳雛にもWINだ」


ホラン「ジュドータノシ!」


人材と環境に恵まれて活き活きと泳ぎ回る大魚達が、新人戦に狙いを定めて力を蓄えていた。



ーー*


百田「なんでわからねぇんだよ!」


10月、昼休みに鷹狼塾2年生による主将協議は8回目を迎えていた。

4人はいつもの教室の角で陣取り弁当を突ついていた。


黒襟「でけぇ声出すなよ」


百田「いつまで同じ議論を繰り返すんだ」


赫村「全員で同じ意見に至るまでやめないって言い出したのはお前だろ」


全くまとまらない議論に、それぞれの苛立ちが見え始めていた。


白石「ねぇ・・このまま誰か1人だけの主将を決めなくてもいいんじゃ無い?みんなで協力し合えばさ」


百田「それはダメだ。船頭多くして船山に登るだ。そんな状況で勝ち上がれるほどぬるい環境じゃ無いだろ」


白石「・・うーん・・」


赫村は教室の窓から空を見上げた。

ガラスの向こう側には雲ひとつない快晴の青空が澄み渡っており、どこか別の世界のように感じられた。


キーンコーンカーンコーン・・


赫村「・・また集まるか」


黒襟「・・・」


主将が決まらずに何か問題が起きているわけではない。


しかし、何かが喉の奥につっかえているような、どこか落ち着かない日々が続いていた。

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2025年12月7日 15:00 毎日 15:00

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