第10話眠れる核に灯りをともす
討伐から三日。
エドガーの姿がない屋敷は、少しだけ広く感じた。
けれどフィオナには、やるべきことがあった。
——壊れた核の山。
魔力を失い、ただの鉱石のように沈黙したそれらは、討伐の副産物として保管されていた。
誰もが「もう使えない」と言う。
けれど、フィオナの胸の奥では何かが囁いていた。
――本当に、そうかしら。
夜の書斎。
灯りを落とした部屋で、机の上に古びた核を置く。
黒ずんだ表面、欠けた輪郭。
けれど彼女の目には、ほんのわずかな“光の残滓”が見えた。
「……まだ、眠っているだけ。完全に死んだわけじゃない」
文献を開く。
『魔獣の核は、主の生命を絶たれた瞬間、魔力の循環を停止する。
しかし極稀に、外部の魔力刺激に反応を示すことがある——』
その一文に、フィオナのアメジストの瞳が光を宿した。
「反応する……なら、試してみる価値はあるわ」
彼女は核を両手で包み、小さく息を整える。
淡い銀髪がふわりと揺れ、静かな魔力が指先から流れ込んでいった。
最初は何も起きなかった。
けれど、ほんの数秒後。
核の奥で微かに紫の光が瞬いた。
「……!」
胸が高鳴る。
魔力をもう少しだけ注ぎ込むと、光が波のように広がり、黒ずんでいた表面がゆっくりと透き通っていく。
フィオナの頬に光が映り、まるで星明かりに照らされたようだった。
「……やっぱり、消えてなかったのね。あなたたちは、まだ生きている」
魔獣を倒すことで得られる核。
それは富をもたらす反面、命の終わりでもある。
けれど、眠っているだけなら……もう一度、灯せるなら。
その発見に、フィオナの胸は震えた。
「これが安定すれば……辺境を支える新しい力になるかもしれない」
彼女は机の端に積まれた古文書を手に取り、再び魔法陣を書き始める。
魔力の循環、導線の図、魔素の再構築理論——
頭の中でひとつひとつを組み合わせていく。
時間が溶けるように過ぎていった。
外の風が止み、蝋燭の炎が小さく揺れる。
気づけば、もう深夜を回っていた。
「奥様、まだ起きておられるのですか」
扉の外からレオンの声。
「はい……もう少しだけ。あと少しで、わかりそうなのです」
「……まったく。旦那様が戻られたら、叱られますよ」
そう言いながらも、レオンの声には呆れよりもどこか優しさがあった。
扉が閉まり、再び静寂が戻る。
フィオナは最後の一つの核を手に取った。
もっともひび割れ、最も“死んでいる”とされたもの。
「あなたも……灯りを取り戻せるかしら」
ゆっくりと両手を重ね、魔力を流し込む。
心の奥で、エドガーの声が響くような気がした。
――恐れられることを恐れるな。お前の目を信じろ。
光が弾けた。
核の中で淡い金色と紫の粒子が渦を巻き、やがて静かな光を宿す。
フィオナの目が見開かれ、唇がわずかに震えた。
「……成功、した……?」
光は穏やかに安定し、温かい気配を放っている。
魔獣が再び目覚めるわけではない。
ただ、核が“生き返った”のだ。
フィオナは椅子に背を預け、息をついた。
「エドガー様……あなたがいない間に、少しだけ、進めたのですよ」
小さな声が、静かな部屋に溶けていく。
そのまま、彼女は机に突っ伏した。
核の光が、まるで眠る彼女を包み込むように優しく照らす。
朝になり、レオンが見回りに来たとき。
机の上には、昨夜まで沈黙していた核が一つ、静かに輝いていた。
「……奥様、これは……?」
レオンは目を細め、その光を見つめた。
その光はまるで、辺境の夜明けを告げる灯のように美しく、
まるで遠く離れたエドガーのもとまで届くように、優しく燃えていた。
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