第6話魔獣談義と、少しだけ甘い時間

討伐から数日が経ち、辺境の空気にもようやく慣れてきたフィオナ。

冷たい風にさらされながらも、彼女の興味は尽きることがなかった。


「エドガー様、少しお聞きしてもよろしいですか!」

朝食後の紅茶を飲んでいたエドガーが、わずかに眉を上げる。

「……なんだ、また魔獣の話か?」

「はいっ! 以前討伐なさった“影喰い”についてですが、核の位置って――」


勢いよく身を乗り出すフィオナ。

アメジストの瞳がきらきらと輝き、言葉が止まらない。


「文献によると、影喰いは核を体内の影に隠しているとありましたが、本当ですか?!」

「……ああ。核そのものが闇の性質を持っている。光を当てると輪郭が浮かぶ」

「すごい……! やっぱり文献は正しかったんですね!」


興奮でテーブルを叩くフィオナに、レオンが苦笑交じりの声を上げる。

「奥様、あんまりテーブルを叩かれますと、紅茶がこぼれますよ」

「はっ……す、すみません!」

「相変わらず熱心でいらっしゃる」


レオンの柔らかな口調にフィオナは頬を染めながらも、

好奇心を抑えられず次の質問を投げかけた。


「では、“霜翼竜”は本当に氷の翼を持っているんですか?」

「……あれは氷ではない。極寒の地で凍りついた羽毛の結晶だ。羽ばたくたびに粉雪のような欠片が舞う」

「羽毛……! 竜なのに、ですか!?」

「そうだ。体温を保つためだろう。倒したあとに観察した」


「倒したあとに……核を取り出されたんですね?」

「……ああ。あれは辺境領の財源になる。

 取り出した核は商会に渡して加工する。灯火石や魔導具の材料として高値で取引される」


「つまり、辺境の発展を支えているのが魔獣の核なんですね……」

「そうだ。だからこそ、核を壊すなど愚行だ。扱いを誤れば爆ぜて命を落とす」


「なるほど……っ!」

メモを取り出して書き込もうとするフィオナを見て、レオンが呆れたように肩をすくめた。

「奥様、本当に学者になられたらどうです?」

「ち、違います! ただ、純粋に知りたいだけなんです!」

「ふふ、純粋ゆえに恐ろしい……」


そのやりとりに、エドガーが小さく息を漏らした。

それは、彼にしては珍しい――笑いだった。


「お前のように魔獣に目を輝かせる者は初めてだ。普通は恐れるのに」

「だって、エドガー様が倒してきた魔獣たちは、どれも文献の中で“伝説級”と呼ばれる存在です。

 その記録がこうして目の前に……すごいことです!」


「……伝説ね。俺が“恐ろしい辺境伯”と呼ばれる所以も、そのせいだろう」

「その噂、ずっと気になっていました。どうして“恐ろしい”なんて呼ばれているんですか?」


一瞬、空気が静まる。

エドガーは紅茶を口にし、低く答えた。


「魔獣の核を取り出すとき、素手で行うときがある。

 戦場でそれを見た兵が、“人の皮をかぶった魔獣だ”と噂した。

 ……まあ、尾ひれがついて、今のような呼び名になったんだろう」


「素手で……! でも、それって繊細な作業じゃないですか?」

「そうだ。刃を入れれば核が割れることがある。

 だから、指先で感触を確かめながら抜き取る。血に塗れるが、確実だ」


淡々とした口調だったが、フィオナにはその裏にある職人のような誇りを感じた。

恐ろしいどころか――まっすぐに命と向き合う人。


「……それを知ってしまうと、恐ろしいなんて思えませんね」

「そう言うのは、お前くらいだ」

「誤解されてるのは、損だと思います」

「別に構わん。恐れられていたほうが都合がいい」


「……でも私は、恐れませんよ?」

その言葉に、エドガーの金の瞳が一瞬だけ和らいだ。

彼の唇が、ほんのわずかに笑みに変わる。


「なら、好きにすればいい」

「はい!」


隣でレオンが小さく咳払いをした。

「奥様、そんなに嬉しそうにされると、旦那様も困ってしまいます」

「え、そ、そんなつもりじゃ――!」


耳まで赤くなったフィオナを見て、

エドガーは小さく息を吐き、微笑を隠すように紅茶を口にした。


外は雪がちらつきはじめている。

辺境の寒空の下で、恐れられた男と銀髪の令嬢は――

静かに、少しだけ甘い冬の朝を迎えていた。

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