第4話辺境の朝と、討伐前の時間

 朝日が屋敷の窓から差し込み、暖炉の炎と混ざり合う。

 フィオナ・アーベルは夢の中の続きを引きずるように、まだ目を閉じたまま寝返りを打った。

 すると、知らず知らずのうちに、彼女の体は隣にいる漆黒の髪と金の瞳の男――エドガー・ヴァルトグランツに近づいていた。


 「あ……」

 寝ぼけた声を漏らすと同時に、彼女はほんの少し顔を胸に埋める。

 手は無意識に彼の腕に触れ、暖かさを探すように絡める。


 エドガーは目を開け、金の瞳で隣を見る。

 ――フィオナが、確かに自分にくっついている。

 少し驚き、眉をひそめるが、すぐに状況を把握した。

 「……おまえ……寝ぼけているのか?」

 低く静かな声だが、その震えは微かに温かさを含んでいた。


 フィオナは寝返りのまま、小さくうなずき、ぼんやりとした目で彼を見上げる。

 「……うん……暖かくて……」

 その一言に、エドガーの心はわずかに揺れる。

 恐ろしい辺境伯という噂は、この瞬間には存在せず、ただ隣で眠る幼いような柔らかい存在がいるだけだった。


 「……起きろ。今日も討伐がある」

 エドガーは低く呟きながらも、無理に手を離さず、静かに見守る。

 フィオナは恥ずかしそうに頬を赤らめながら、そっと手を引き、微笑んだ。

 「……ごめんなさい、でも少しだけ……」

 「……わかっている」

 彼の声はいつもより少し優しく、響きも柔らかい。


 やがて、二人は起床し、簡単な朝食をとる。

 護衛のカイルとリオネルは、少し気まずそうに距離を取りつつ、戦の準備に余念がない。

 カイルは短髪灰眼、剣を手入れしながら黙々と。

 リオネルは金髪碧眼、柔らかな笑顔を浮かべつつ弓矢の点検を進める。

 フィオナは、二人の様子を見ながら、少し安心しつつも胸の奥にわくわくを感じる。


 「討伐の準備は整ったか?」

 エドガーは副官のレオンに問う。

 「はい、閣下。隊列も確認済みです。魔獣の情報も最新です」

 銀髪翡翠色のレオンは落ち着いた声で報告し、フィオナもその傍らで聞き入る。

 「……今日はどの魔獣を討伐するのですか?」

 「森の南側に現れる角のある獣だ。夜行性で油断すると危険だが、慎重に行けば問題はない」

 「わかりました……一緒に行かせてください」

 その言葉に、エドガーの金の瞳が一瞬鋭く光る。

 「おまえは戦闘に慣れていない。怪我をしても、護れない」

 「でも……あなたのそばにいたいのです」

 フィオナの真っ直ぐな瞳に、エドガーは少し口元を緩めた。


 馬に跨り、森へと向かう討伐隊。

 フィオナは護衛二人と並び、少し緊張しながらも、心の中でエドガーの存在に安らぎを覚える。

 森の中で、足音と呼吸が混ざる静かな時間。

 そして、木々の間に魔獣が姿を現す。


 「来たな」

 エドガーの低い声に、フィオナは思わず息を飲む。

 護衛たちは即座に武器を構え、レオンも指示を飛ばす。

 フィオナは距離を保ちながらも、心の中で彼に呼びかける。

 ――無事に、終わりますように。


 魔獣との戦いは短く、しかし集中力を要求された。

 討伐後、エドガーは黄金色の核石を手に取り、フィオナに差し出す。

 「……無事だな」

 「ええ、あなたが側にいてくれたから」

 フィオナの小さな声に、エドガーは手を彼女の手の上に重ねる。

 「……ずっと、傍にいてやる」

 その言葉に、フィオナは頬を赤らめながらも、しっかりと頷いた。


 帰路の馬車で、二人の間に静かな温もりが流れる。

 触れる距離はまだわずかでも、互いの存在が心を満たす。

 焔が揺れる夜の屋敷より、今日の森の空気の方が、ずっと甘く、温かく感じられた。


 ――こうして、二人の朝は始まり、甘く少しずつ距離が縮まる日々が始まったのだった。


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