第2話 記憶の面影

「奥さん、患者さんの中学校はどこでしたか?」


「えーと……」


「もしかして、杉並第五中学校ですか?」


「あっ、そうそう、そこです」


俊彦は急いで患者のもとに戻り、顔をよく見た。

確かに昔のいたずらっぽい面影が残っている。

――あいつだ。

そう確信した。


心電図モニターは、心臓が正常に動いていることを示していた。

バイタルサインにも問題はなくなっている。

グリセオールが効いてきたのだろう。

意識も、そのうちに回復するに違いない。


彼を集中治療室に隣接した特別室に移し、俊彦は外来へ戻って再び診察を始めた。


――


夕刻。

俊彦は健一の病室に行き、ベッドの脇に腰を下ろした。


最近は年賀状のやり取りだけで、何年も会っていなかったが、大切な友人だ。

中学の頃の思い出が、次々に頭の中を駆け巡る。


授業中、前の席のヤツの頭に虫の死骸を乗せて笑い転げたこと。

放課後、屋上で日が暮れるまで語り合ったこと。

キャッチボールをしたこと。


「オレは将来、ブラジルで一旗あげるんだ」

――あの声が甦った。


涙がこみ上げ、止まらなかった。


とりあえず一命は取りとめたようだ。

明日になれば、きっと意識は戻るだろう。


そう思い、あとは当直医に任せて、俊彦は病室を後にした。


――


十二月五日(木) 脳梗塞治療ワンクール開始。


脳梗塞の点滴治療が始まった。

期間は二週間。


翌朝、健一のベッドを訪ねると、意識が戻っていた。

血圧、脈などのバイタルも安定している。


俊彦は微笑みながら挨拶した。


「よぉ……ずいぶん久しぶりだなぁ」


健一はしばらくキョトンとした顔をしていたが、やがて口を開いた。


「ひょっとして……俊彦か?」


「そのとおり。偶然というのもあるものだなぁ。

それに、ちゃんと話せるじゃないか。よかった。


オマエは脳梗塞で右半身が麻痺しているんだ。

ふつう、こういう場合は言語障害も出ることが多いけど、今のところ、それはなさそうだな。

まあ、あとで言語療法士が詳しく検査してくれるよ」


健一は、恐る恐る小さな声で尋ねた。


「……これは、治るのか?」

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