車の中より私へのメッセージ

@AsuAsaAshita

幸せな日々と夢

夢を見た。

家族とドライブに行く夢だ。遊園地に行く夢だ。


私は目を覚ました。

隣で妻と娘が眠っている。とても夢とは思えないほどに、鮮明だった。

二人の寝息、カーテン越しの朝日、すべてが現実そのものに思えた。


――まあ、とにかく仕事へ行こう。

二人を起こさぬように支度をし、家を出る。


電車に乗り、会社に着く。仕事をこなす。

そして帰る。家に着く。

二人が私を出迎えてくれる。


一緒にご飯を食べ、風呂に入り、寝る。

いつも通りだ。いつもと同じ日常だ。

二人は幸せそうに眠っている。私も幸せだ。

結婚してからというもの、私は人生で最も幸せを感じていた。


……そしてまた、夢を見た。


車の中。

後部座席に二人が座っている。ナビを見ると、もうすぐ着くらしい。

遊園地まで、あと少し。


目が覚めた。

二日も続けて同じ夢を見るなんて、不思議なこともあるものだ。


朝食を食べながらテレビを見ると、交通事故のニュースが流れていた。

車は大破し、乗っていた人は全員死亡。

「痛ましい事故ですね」とアナウンサーが言う。


心が痛んだ。

昔はこういうニュースを見ても、何も思わなかったのに。

今は違う。家族の話題になると、胸が締めつけられる。

私は年を取ったのだろう。


……しかし、年を取るのも悪くない。

眠る娘を見ながら、そう思った。


そしてまた、夢を見た。

今度は、前よりも遊園地が近い。

ナビの表示には、日付が出ていた。――一週間後。


さすがに三日も同じ夢を見ると、気味が悪い。

妻に話すと、「疲れてるのかもね。気分転換に、遊園地でも行こうか」と言った。


その提案を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。

夢と、同じ言葉だったからだ。


けれど、はしゃぐ娘を見てしまうと、断れなかった。

私たちは行くことにした。


そして、夢を見た。

遊園地が見えてきた。観覧車が、陽光を受けてゆっくり回っている。


――あれ、まさか、これは正夢なのか?


そんなことを考えていると、視界の右端で何かが光った。

トラックだった。


衝撃。

黒い闇。


……目が覚めた。


なんて恐ろしい夢だ。

これは警告かもしれない。

もし本当に正夢なら、遊園地には行かないほうがいい。


そう思ったが、楽しそうに準備をする娘を見て、言えなかった。


そして、当日。

妻と娘が車の前で待っていた。笑っていた。

私も笑い返した。

夢のことは、もう思い出さないようにしよう。


エンジンがかかる音。

車が走り出す。

陽射しが眩しい。


……意識が途切れた。


――目が覚めた。


熱い。

息ができない。

焦げた匂い。


周囲を見渡すと、車が横転していた。

フロントガラスが割れ、火が上がっている。

道路の真ん中で、金属が軋む音。


思い出した。遊園地へ行く途中だった。

そうだ、妻と娘は?


見回すと、炎の中に人影が見えた。

女と、小さな子供。


……もう、動かない。


私は叫んだ。喉が裂けるほど叫んだ。

でも、その声は誰にも届かない。


炎の向こうで、妻が微笑んでいた気がした。

あの夢のときと同じ笑顔で。


そうだ。

そうだった。


夢ではなかった。

夢では、なかったのだ。


こちらが現実だ。

そして――

あの穏やかな日常こそが、私が見ていた夢だったのだ。

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