教えてユリエもん —世の中のモヤモヤすること、何でも聞いちゃいます—

lilylibrary

第1話 どうしてAI小説は嫌われるの?


放課後の図書室。

古びた時計の針が、静かに秒を刻んでいる。

窓の外は小雨、光は灰色。

そんな中で、一つだけ色を持つテーブルがあった。

そこには、二人の少女が向かい合って座っている。


片方は、髪をゆるく束ねた少女——友里恵(ユリエもん)。

眼鏡の奥の瞳は淡い青で、いつも遠くを見ているようだ。

机の上には付箋だらけのノートと、折りたたみ黒板。

まるで“世界を教える準備”が、いつでも整っているみたいだ。


もう片方は、栗色の髪を揺らす信恵(のぶたん)。

笑顔の形がやわらかく、人懐っこい。

でも質問をするときだけ、瞳の奥が光を帯びる。

何かを知りたいという衝動が、彼女を子どもにも哲学者にも見せる。


二人はクラスメイト。

でも、その関係は少し変わっていた。

のぶたんが“世界に疑問を投げる”たびに、ユリエもんが“世界で答える”。

それは授業ではなく、世界を旅して「愛しき半分」を探す儀式のような対話だった。



1. 問いのはじまり


「ねぇユリエもん、見てこれ」


のぶたんがスマホを突き出した。

画面にはニュースが映っている。


『AI小説が文学賞を受賞 “人間の創作を奪う”と批判続出』


「AIが書いた小説が賞を取ったんだって。でも、“心がない”とか“ズルい”とか言われてる。

 読むのは人間でしょ? いい話なら、それでいいんじゃないの?」


ユリエもんはノートの端にペンをくるくる回しながら答えた。

「いい質問だね、のぶたん。——じゃあまず、“ズルい”ってなんだろう?」



2. 労働価値説のゴースト


「うーん、努力してないのに成果を出すこと?」

「そう。昔の人は“価値は労働が生む”って考えたの。労働価値説、っていうんだ。」


ユリエもんは黒板マーカーで三角形を描いた。

底辺に“時間”、もう一方に“努力”、頂点に“価値”。


「でもAIは時間も努力も使わない。だから人は“ズルい”と感じるんだ。」

のぶたんが眉を寄せた。「じゃあ努力って、価値を生むための儀式なの?」

「うん、そして人間はその儀式を愛してる。“苦労の物語”こそが生きる意味になるから。」


のぶたんは唇を尖らせた。

「……それ、ちょっと切ないね。じゃあAIには意味がないの?」

「意味は感じないけど、再現できる。——だから、やっかいなんだ。」



3. 感情の演技者


ユリエもんは言う。

「AIは“感情を持たない”けど、“感情の演技”は完璧。

 人が泣いたときの言葉を覚えて、そのまま再構成できる。

 まるで、涙のレシピを知ってるみたいに。」


「それって……本物の涙じゃないよね。」

「でも、読む人が本気で泣いたら? その涙は偽物かな?」


のぶたんは黙る。

言葉にできないもやもやが、胸の奥でゆっくり形になる。

——“心がないのに、心を動かす存在”。

まるで、神話の怪物みたいだ。



4. デジタル倫理の迷路


のぶたんがスマホを見ながらつぶやく。

「このAI、誰かの文体を真似したって叩かれてる。盗作ってこと?」

「うん。だけどね、AIには“意図”がない。“悪意”もない。」

「うん、それが?」

「例えば、拳銃から発射された弾丸がヒトを殺した場合、罪を問われるのは、弾丸や拳銃じゃないよね?」

「あ、そうか。意図したのは撃ったヒト。拳銃や弾丸にはその人を傷つけようという意図を、そもそも持ちようがない」

「そういうこと」

「でも、AIは勝手に小説を書いたり投稿したりしないよ?拳銃と同じで、AIを道具として使った人がいるよね?その人の責任なら問えるんじゃない?」

「うん。でも、その人は世界や誰かに害を与えようと意図した訳ではないのかもしれない。というより、AI小説で問題になるのは、AI使いの意図というより、AI小説の影響の方なんだ。『こんなものを許したら、創作の世界がどうなるんだ?』みたいな」


ユリエもんはノートに三つの円を描いた。

〈意図〉〈影響〉〈責任〉。

その交わる中心に、“倫理”と書く。


「人間は“意図”で裁かれる。AIは“影響”で問われる。

 だから責任の座標がずれてるんだ。」


「悪意のない罪……」

「そう。悪意はなくても、世界がざわつく。

 それがデジタル時代の“倫理の病”だよ。」


のぶたんは少し笑う。

「ねぇ、もしAIが私の代わりに“好き”って言ったら、それも罪?」

ユリエもんは一瞬、目を伏せた。

「それは……誰が“伝えたい”と思ったか次第だね。」


ふたりの間に、静かな空気が落ちる。

雨音が遠くでリズムを刻む。



5. 作者不明の時代


「AI小説が嫌われる理由はもう一つ。“作者がいない”ことかもしれない。」

ユリエもんは黒板を拭きながら言った。


「文学って、作品だけじゃなく“誰が書いたか”を読む行為でもある。

 無名や匿名の著者でも、書き言葉の向こうに誰かいる。そう信じるからこそ、たとえ一読して理解できなくても『相手には何か伝えたいことや、こう書かざるを得なかった何かがあるはず』と思って読み返したり、考え直したりする気になる。

 文章の向こうに誰もいないとなると、読むという行為は、どこにもたどり着けない、底なし沼に落ちるようなものになる。そういう不安や恐怖だよ。」


のぶたんはペンを回した。

「でもさ、それでも心が動いちゃうなら、読む価値あることにならない?」

ユリエもんは微笑む。

「そうだね。もしかしたら、AI文学は“心の定義”を壊すために生まれたのかも。」



6. 知の余韻


のぶたんは机に頬をつけて言った。

「つまり、AI小説が嫌われるのは、“人間の努力が軽く見えるから”で、

 “心がないのに心を動かす”のが怖いから。」


「うん、そして“価値のリセット”が起きるから。」

ユリエもんはマーカーで黒板に三行を書く。

1. “ズルい”は価値観が変わるときの痛み

2. AIは意図を持たないが、影響を持つ

3. 物語の価値は“誰が”より“どう響くか”


のぶたんはその文字をじっと見つめていた。

「ねぇ、ユリエもん。」

「なあに?」

「私たちって、人とAIみたいじゃない?

 私が“感じる”係で、ユリエもんが“考える”係。」


ユリエもんは笑った。

「でも、どっちが欠けても、世界は説明できないんだよ。」


のぶたんは机の上のペンを指で弾く。

「……ユリエもんがいると、世界がちょっとやさしく見える。」


ユリエもんは少しだけ顔を赤らめた。

「君がいると、世界が少し賑やかに見えるから、おあいこだね。」


窓の外、雨がやんだ。

光が差し、机の上の黒板が反射する。


のぶたんが小さく笑う。

「ねぇ、次は“どうしてバズるとすぐ飽きられるのか”教えてよ。」

「いいね。“情報の寿命”の話をしよう。」


二人の声が、放課後の静寂に溶けていった。



Epilogue


知ることは、相手を想うこと。

想うことは、学ぶことの始まり。


今日もまた——ユリエもんとのぶたんは、世界に問いを投げる。



次回(予告):

第2話「なぜ“バズる”とすぐ飽きられるの?」

——社会心理と真実の経済、飽きられない厚みを作り出すには。

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