悪気のないクズプレイヤーの奇行に、NPCが全員ドン引きしてる件

月祢美コウタ

第1話 教会で目覚める

ユウトは目を覚ました。

天井が白い。

いや、正確には石造りの天井だった。アーチ状の梁が規則的に並び、その向こうには小さなステンドグラスが見える。

「……は?」

体を起こす。

ベッドの感触が妙にリアルだ。硬い。背中が少し痛い。

(なんだこれ)

部屋を見回す。

石造りの壁。木製のテーブル。本棚。燭台。そして──

「お目覚めですか?」

優しい声が響いた。

振り向くと、シスター服を着た女性が立っていた。清楚な顔立ち。柔らかい微笑み。金色の髪が光を反射している。

ユウトは固まった。

(マジか)

目の前にいるのは、見覚えのある顔だった。

いや、「見覚え」というより「見飽きた」顔だ。

『聖女の祈り』。

難易度「いばらの道」で有名な、クソゲーRPG。ユウトが中盤で積んだゲームだ。

そして、目の前のシスターは──

「教会へようこそ。私はリリアと申します」

リリア。

このゲームの序盤で登場する、教会のシスター。死亡時に復活させてくれるNPC。

(ってことは)

ユウトは自分の手を見た。

細い。というか、自分の手じゃない。

服装も違う。革の胴着。腰にはベルト。剣は──ない。

「あの……大丈夫ですか?」

リリアが心配そうに覗き込む。

ユウトは頭を抱えた。

(ああ、そういうことか)

思い出した。

スライムだ。

転生した直後、目の前にいた青いスライムに、「どうせ弱いだろ」と油断して素手で殴りかかった。

結果。

『クリティカルヒット!』

スライムの体当たりが、たまたまクリティカルヒットした。

即死だった。

「……マジかよ」

ユウトは呟いた。

(死んで、復活したってこと?『聖女の祈り』と同じだ)

リリアがにこやかに続ける。

「旅のお疲れが出たのでしょう。ゆっくりお休みください」

ユウトは立ち上がった。

「あ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

「ここ、教会だよな?」

「はい、そうです」

「俺、死んだんだけど」

「……はい」

リリアの笑顔が一瞬だけ硬くなった気がした。

「で、復活したってこと?」

「神のご加護により、お命をお救いしました」

「マジで?タダ?」

「……はい」

(ゲームと全く同じだ!)

ユウトは内心で叫んだ。

『聖女の祈り』では、死亡時にペナルティなく最寄りの教会で復活するのが常識だった。

つまり、この世界では──

「死んでも復活できるってこと?」

「はい……神のご加護があれば」

「何回でも?」

「……はい」

リリアの笑顔が、少しだけ引きつった。

(この人、変なことばかり聞く……)

しかし、彼女は表情を崩さなかった。シスターとしての務めだ。

ユウトは頷いた。

「なるほどね。じゃ、次の質問」

「はい」

「あんた、隠しアイテム持ってない?」

「……は?」

リリアの笑顔が固まった。

「いや、ゲームだとさ、NPCに話しかけるとアイテムもらえたりするじゃん?」

「えっと……NPCと仰いますと?」

「あ、ああ、気にしないで。で、何かくれない?」

「申し訳ございません、特には……」

「マジで?ケチくさ」

リリアの内心に、小さな亀裂が入った。

(ケチ……?)

しかし、彼女は微笑みを保った。

「それでは、ごゆっくり」

「ああ、待って。もう一個」

「……はい」

「この教会、宝箱とかない?」

「宝箱……?」

「あるだろ。隠してんじゃねーよ」

「ございません」

「本当に?」

「本当です」

ユウトは部屋を見回した。

本棚がある。

「じゃ、あの本棚漁っていい?」

「え……」

「ゲームだと本棚に金とかアイテム隠れてるんだよな」

「あの……」

「いいよな?」

ユウトは勝手に本棚に近づいた。

リリアは呆然と立ち尽くした。

(この人、何を言っているの……?)


ユウトは教会の外に出た。

青空が広がっている。

石畳の道。木造の家々。遠くには城壁が見える。

「マジでゲームの世界だ……」

感動している場合ではない。

ユウトは考えた。

(さっき、リリアが「復活できる」って言ってた)

(でも、本当か?)

確かめる必要がある。

ユウトは教会の裏手に回った。

そこには小さな崖があった。高さは5メートルほど。

「よし」

ユウトは躊躇なく飛び降りた。

「!!!」

教会の窓から見ていたリリアが、目を見開いた。

ドサッ。

地面に叩きつけられる音。


ユウトは目を覚ました。

またベッドの上だ。

天井が白い。

「お目覚めですか?」

同じ声。

振り向くと、リリアが立っていた。

しかし、その表情は──

引きつっていた。

完全に引きつっていた。

笑顔は保っているが、目が笑っていない。

「あ、やっぱり復活した」

ユウトは嬉しそうに起き上がった。

「……はい」

リリアの声が震えていた。

(この人、わざと死んだの……?)

「すげえな、マジでゲームと同じだ」

ユウトは満足そうに頷いた。

「ってことは、何してもOKってことだな」

「……え?」

「だって、死んでも復活できるんだろ?」

「そ、そうですが……」

「なら問題ないじゃん」

ユウトは立ち上がった。

リリアは呆然と見送った。

(神よ、この旅人は一体……)


ユウトはリリアの前に立った。

「なあ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」

「はい、何でしょう?」

リリアは微笑んだ。

「この街、どこ?」

「ここはルーンの街です」

「ふーん。で、この街、どこ?」

「……ルーンの街です」

リリアの笑顔が少しだけ硬くなった。

「あー、そう。で、この街、どこだっけ?」

「……ルーンの街、です」

(なぜ、同じ質問を……?)

リリアは内心で首を傾げた。

しかし、ユウトは止まらなかった。

「もう一回聞くけど、この街どこ?」

「ルーンの……街です」

リリアの声が少しだけ震えた。

(会話ループのバグ確認、っと)

ユウトは内心でメモを取った。

『聖女の祈り』では、同じNPCに何度も話しかけると、たまに隠しセリフが出ることがある。

だから確認が必要だ。

「じゃ、最後にもう一回」

「……はい」

「この街──」

「ルーンの街です!」

リリアが少し強めに答えた。

彼女の内心は(もう、もう無理です……)と崩壊寸前だった。

しかし、ユウトは満足そうに頷いた。

「オッケー、バグなしっと」

「……は?」

「じゃ、次の質問」

「……」

リリアの笑顔が完全に引きつった。

「この教会、いつから建ってるの?」

「50年前からです」

「へー。で、いつから建ってるの?」

「……50年前からです」

「もう一回」

「50年、前からです」

リリアの声が震えた。

(神よ、神よ、どうか、どうかこの方をお導きください……)

しかし、ユウトは気にせず続けた。

「オッケー。じゃ、次」

「……はい」

「あんた、何歳?」

「22歳です」

「へー。で、何歳?」

「……22歳です」

「もう一回」

「22歳、です!」

リリアの声が裏返った。

(もう無理です、早くどこかへ行ってください!)

彼女の内心は悲鳴を上げていた。

しかし、表情は笑顔のままだった。

ユウトは満足そうに頷いた。

「よし、会話ループは完璧だな」

彼は教会の外へ向かった。

リリアは、その背中を呆然と見送った。

そして──

深く、深く息を吐いた。

(神よ……私の試練は、まだ続くのでしょうか……)


ユウトは突然立ち止まった。

「あ、そうだ」

振り返ると、リリアが立っていた。

まだ疲弊した表情をしている。

「なあ、装備確認させろよ」

「……は?」

リリアの笑顔が固まった。

「装備。ゲームじゃNPCの装備確認できたし」

「そ、装備と仰いますと……?」

「あんたが今着てる服とか」

ユウトは無神経に近づいた。

「ちょ、ちょっと!」

リリアが後ずさる。

しかし、ユウトは構わず接近した。

「いや、データ確認したいだけだから」

「デ、データ……?」

「ほら、防御力とか」

ユウトがリリアの肩に手を伸ばした。

その瞬間──

バシッ!

「痛っ!」

ユウトの頭に、リリアの杖が炸裂した。

「な、何をなさるんですか!」

リリアの顔が真っ赤になっていた。

「え、マジで?」

ユウトは頭を押さえた。

「NPCって攻撃してくんの?」

「え、NPC……?」

「18禁かよー」

ユウトはぶつぶつ言いながら立ち去った。

リリアは呆然と立ち尽くした。

(この人、本当に何なの……?)


ユウトは街に出た。

石畳の道を歩く。

民家が並んでいる。

そして──

ツボが置いてある。

「お、あった」

ユウトは民家の前に置かれたツボを見つけた。

『聖女の祈り』では、街中のツボを壊すとアイテムや金が出る。

「よし」

ユウトは躊躇なくツボを蹴飛ばした。

ガシャン!

ツボが派手に割れた。

「……」

何も出なかった。

「あれ?」

ユウトは首を傾げた。

その時──

「あ、あの……!」

民家の主人が飛び出してきた。

中年の男性だ。

「な、何をなさるんです!」

「いや、ツボ壊しただけだけど」

「私の大切なツボが……!」

男性の声が震えていた。

(せっかく買ったばかりなのに……)

しかし、ユウトは気にしなかった。

「ゲームじゃ金出るんだけどな」

「は……?」

「まあいいや」

ユウトは次のツボを探して歩き出した。

男性は呆然と立ち尽くした。


街中のツボが次々と破壊されていった。

ガシャン!

ガシャン!

ガシャン!

「……」

街の人々は、呆然とユウトを見つめていた。

(何なの、あの人……)

(私の壺が……)

(器物損壊じゃないの……?)

しかし、誰も止めることができなかった。

なぜなら──

「隊長!」

衛兵が駆けつけた。

「あの旅人を逮捕しないんですか!」

「……できない」

衛兵隊長は苦い顔をした。

「なぜです!」

「犯罪には、カウントされないんだ」

「え……?」

「システム上、ツボを壊しても罪にならない」

衛兵隊長は頭を抱えた。

(この世界のルールが、おかしい……じゃあ、あのツボは誰の所有物なんだ?NPCの私物か?いや、それでも訴訟は起こせない。システムが……)

彼の思考は混乱していた。


ユウトは満足そうに頷いた。

「やっぱ金出ないのか」

街中のツボが全滅していた。

しかし、ユウトは止まらなかった。

「でも、全部壊さないと気持ち悪いしな」

彼はさらに別の通りへ向かった。


三十分後。

ユウトは教会に戻った。

リリアが疲弊した表情で立っていた。

「あ、いたいた」

「……はい」

リリアの声に覇気がなかった。

「じゃ、冒険行ってくるわ」

「……そうですか」

「仲間、集めないとな」

ユウトは軽い足取りで教会を出た。

リリアは、その背中を見送った。

そして──

膝から崩れ落ちた。

「神よ……早く、早く冒険に行かせてください……」

彼女の祈りは、静かな教会に響いた。


(第1話 終)

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