第43話 巨獣皇帝、咆哮す

 ——千年前に滅んだはずの魔女は、幼き姿で世界の理を揺らす。

 その力は愛と憎悪を同じ手で掴む、危険な混ざり物。



 ——

 黒い獣が、ナナを見て吠える。


 もはや理性もなく、ただ敵を倒す。それだけしか頭にない魔獣と化してしまった、帝国を統べる皇帝だったはずのもの。

 泥が固まったようなゴツゴツした黒い肌、前脚には鋭い爪が見える。

 脚を踏み出す度に、床に亀裂ができていた。

 

 その目には怒りが燃えさかっていた。

 

 黒い獣がナナに躍りかかる。

 

「やっとトキと会えたのに、邪魔をするなー」

 

 ナナは手に魔力を溜めると、風の刃を作って斬りかかった。

 

 甲高い音をたてて、風の刃がはじかれる。

 

 怪物の爪とナナの刃がぶつかり、その圧倒的な力に弾き飛ばされたのだ。


 その余波で、ナナも吹き飛ばされそうになり、あわてて風を起こして、止まる。


「強い……」

 

 そう呟いて、相手を見るやいなや、今度は怪物の前脚がナナに向けて振り下ろされる。

 

「くっ!」

 

 間一髪、風で自分を横に飛ばして、攻撃を避ける。

 

 怪物の爪が床にあたると、激しい破裂音があたりに広がり、床は爪でえぐられ、まわりに破片がちらばっている。


 ナナは、王国での闘いを思い出して、考えた——動けなくして、一撃いれるしかないか。


「よし、これで」

 

 ナナの手から風の渦が飛び出し、怪物の身体を拘束する。

 

「今だ!」

 

 ナナは宙に飛び上がると、風の刃を握って、怪物の頭をめがけて切りかかる。

 

『やった』——と思った瞬間だった。怪物の手脚が泥のように変わり、風の戒めをすり抜ける。

 

 その拘束を外れた手が、横合いからナナに襲いかかった。

 

「きゃ!」

 

 ナナはそのまま吹き飛ばされて、風の防御で身体はなんとか無事だったが、壁にめり込んでしまう。


 ナナの悲鳴が、広間いっぱいにこだました。



 その頃、奥の部屋。

 

 婚礼の為の衣装として、タキシードのような神官服のようなものを、支援ユニットは出してきて、テキパキとトキを着替えさせていく。

 

 トキは、されるがままに従っている。

 

 相変わらず、その濁った緑の目には光がない。


「アルジサマ、オヒサシブリデス。シエンデス……」


 しかし、トキはそれを聞いても何も反応しない。


「アルジサマ? ……ヘントウナシ、タイチョウニイジョウノカノウセイアリトミナシ、ケンコウチェックモードニハイリマス」


 シエンから何か光が照射されてトキを照らす。


「セイメイハンノウ:テイカチュウ。セイシンカツドウ:イジョウガハッケンサレマシタ……ヤクブツニヨル、セイシンリョクテイカヲカクニン、チリョウヤクヲトウヨシマス」

 

 支援ユニットの手に針のようなものがあらわれ、薬剤がトキの手に注入されていった。

 

「アルジサマ、ゴカイフクヲネガッテオリマス」

 

「シエン……ありがとう……」——一瞬トキの目に光が戻り、言葉を絞り出す。しかしまた、目の光が消えてしまう。


「ハイ、ワタシタチハ、アルジサマタチヲタスケルタメニツクラレマシタ——」

 

 ただ一言に反応して、古代の機械は返事をした。

 なんだか、その声には嬉しそうな響きがあったが、誰もその言葉を聞いているものはいなかった。



「イタタタ、死ぬかと思った」

 

 そう言いながらナナは壁から這い出て、怪物を睨む。

 

「こんなとこでやられている場合じゃない、なんとしてもトキを取り戻すんだから」

 

 怪物は動いたナナを見て、また咆哮をあげて突っ込んでくる。

 

 ナナはあわてて魔力を集めると、風を纏って横っ飛びに避ける。

 

 激しい音がして壁に怪物がめり込んでいった。


「このまま、おねんねしててくれないかしら?」


 しかし、何事もなかったように、のっそりと怪物は壁から出てくると、軽く首を振っている。

 

「さすがに、そんな簡単にはいかないわね」

 

 怪物は、また、ナナの方を睨みつける。

 そして、また吠えた。

 

「威嚇のつもりかしら、さっきから吠えてばかり」

 

 そうナナは憎まれ口をたたくが、怪物の咆哮がやまず、それどころかその音がどんどん高くなり、耳鳴りがしてくる。

 

 そして、音、つまり空気の振動がそのまま物理的な力となって怪物の口から、ナナめがけて放たれた。

 

 その速さは、風と同じ。

 

 咄嗟にナナは風の防壁を厚くする。

 

 しかし、怪物からの圧力はすさまじく、ナナは、自らの風の防壁に、ミシリとひびが入る音を聞いた。

 

 必死に魔力を集め、更に風を増やそうとするが、一度入った亀裂はそのまま押し広げられて、颶風がナナを襲った。

 

 そしてナナの身体は壁に向けてはじけ飛んでいく。

 

 ぶつかるとそう思った身体は、ぼちゃん、という水音に包まれた。


「え?」突然水に包まれて混乱してもがくナナ、水の中で驚きのあまり声を出したせいで、溺れてしまった。

 

 突然その水がなくなり、地面に落ちたナナは、げほげほと咳き込む。

 

「あぶないとこだったわね」

 

「大丈夫? ナナ」

 

 そこには、青い鎧と赤い鎧の二人が立っていた。 


「もうちょっと早く来たかったんだけど、残ったやつら片付けるのに時間かかってね、ごめん」

 

 レアが笑顔を見せる。

 

「ううん、助けてくれてありがとう」

 

 ナナも笑顔をかえす。

 

「あら、水で助けたのは私なのに」

 

 サリルは軽く口をとがらせる。

 

「あ、サリル様もありがとうございます」


 頭を下げてお礼をするナナ。

 

「ふたりとも、そんなこと話してる余裕はなさそうよ」

 

 炎を飛ばして、怪物の動きを牽制しながら、レアが二人に注意を促す。

 

「それでは、三人で力を合わせて、怪物退治といきましょうね」

 

 サリルがそう豪語すると。

 

 ナナとレアの肯定の言葉が重なった。

 

「はい!」

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