第35話 風は目覚め、風は吹く
——風の奥に、たった一つの気配があった。
遠く離れていても、呼び合うように。
ナナの瞳は、もう迷わない。
——
薄い翠の光がナナを包んでいる。
その光がすぅ、と消えていく。
するとナナの睫毛が震え、そっと目が開いていく。
「ここは? ウリル様の館?」
上半身を起こして、周りをみまわすと、倒れた時の光景が浮かんできた。
ベッドから立ち上がると、その瞬間、全身の血が逆流するような眩暈を感じた。だがそんなことは、ナナにはどうでもよかった。
「アフベルさん、それに、トキ!」
最後の愛しい人を探す声が、館中に響いた。
「おやおや、目を覚ましたわね」
「よかったナナ、起きたんだ」
ウリルとレアが部屋に入ってくる。
混乱したナナは、「トキは? トキはどこ?」と繰り返す。
「ごめんね、私がついた時には、もうトキくんはいなかった。多分、帝国に連れ去られたんだと思う」
「レア、どうしてここに?」
「近くでナナの魔力を感じたから、向かってたら、急にナナの魔力が消えてしまって、あわてて走ったら、帝国の奴らがナナを殺そうとしてるとこだったから、そいつら片付けて、あなたが死にそうになっているのがわかったから、ここに連れてきたの」
「この馬鹿弟子が、外の人と深く関わるなと言っておいただろうに」
そういうウリルの顔はどこまでも優しかった。
「一緒に倒れてた男の人がどうなったか知ってる?」
「私はナナしか目に入らなかったから、そのままだと思う」
「私がナナの様子を見た限り、人間はあの毒を飲んでも魔力が循環せず外界から切り離されるだけだから問題ないよ。時間が経てば目を覚ますだろう。トキもそれは同じだ、あの子自体は魔力を外に出しているわけじゃないからね」
それを聞いて一旦安堵するナナ。
「ともかく、身体を診せておくれ、もう大丈夫なのか調べてみるからね」
そう言うとウリルはナナをもう一度寝台に寝かせると、金色の魔力で手を光らせて、それで身体中に触れていく。
「よし、変な魔力の乱れも感じられないね、魔力がだいぶ無駄に消費されたから、回復までもう少し寝てなさい、それ以外のことは、それからだ」
「は、はい、お師匠様」
少し立っただけで、膝を笑わせていたナナは大人しくそのまま休みはじめる。やがて、静かに寝息を立て始めた。
「レア、ありがとう、おかげで助かったよ」
「いえ、助けられたのはウリル様のおかげですので」
「それでも、あんたがいなかったら、どうなってたかわからないさ。ありがとうね。ナナが目覚めるまでゆっくりしておいき」
「ありがとうございます」
数日後の夕飯にはナナも起き上がってこれて、久しぶりに師のつくった夕飯を食べた。
旅に出る前も、食事はナナがつくるようになっていたので、本当に久しぶりだった。
この世界にはこういう言葉はないけれど、所謂おふくろの味というようなものであった。
「というわけで、私が宿に入った時には、倒れてるあなたと男、それから帝国の兵らしきやつが2人しかいなかったの。外に出た後に飛び去る空船をみたから、あれでつれていかれたんでしょうね」
「ナナ、窓をあけて風に聞いてご覧。お前とあの子の絆が本物なのなら、お前にはあの子の風が感じ取れるかもしれない。たとえどれだけ離れていても、特別な絆は切れない、とそう聞いているよ」
ナナは窓際に歩いて行き、窓をあけた。
懐かしい森の香りの風に、泣きそうになりながら、それをこらえて、真剣に風を知ろうとする。
ナナの身体が柔らかな翠の光につつまれる。
遠く、ほんとに遠く、ごく微かに、懐かしい風が感じられた。
「わかる、トキがいる方角がわかります。お師匠様」
「そうかい……それはしょうがないね、追いかけるのだろう?」
「はい、どこまでも、追いかけて、取り戻します」
「しょうがない、馬鹿弟子だねぇ、ただ身体がちゃんと治ってから、私がいいというまではダメだからね」
「はい……」
しゅんとするナナ、しかしそれを見つめるウリルの目はどこまでも優しかった。
「ナナ、あたしも手伝ってあげるよ、一緒にいこう」
レアがナナに向かって宣言する。
「え? いいの?」
「きっとこれもイイ修行になりそうだからね、それにあいつら、許せないからね」
怒りの表情を見せるレアに驚くナナ。
「どうしてそんな?」
ナナの顔を見て、少し心を落ちつかせて、レアが話し始めた。
「あんたが寝ている間に、気になって宿屋にもどってみたのよ。で、あんたと一緒に寝てた男に話聞いてきた」
そういうレアの目は怒気をおさえきれていない。
「可哀想に妹さんの治療と引き換えに、あんたに毒を飲ます仕事を引き受けさせられたらしいの。それなのに、妹さんは放り出されてたみたいでさ、あたしもう腹がたって腹がたって……」
「アイナちゃん、大丈夫なの?」
「とりあえず私が軽く治療して、うちの師匠を訪ねるように、言っておいたよ。師匠なら、きっと治せると思う」
「ラニアは元気にしてるんだね?」
そうウリルが尋ねる。
「はい、口うるさいですけどね」
「へえ、あの子も偉くなったわね、昔は散々私たちの師匠に叱られてばかりだったのに」
そう言って、遠い目をするウリルは、いったいどれくらい昔に心をはせているのか、ナナはそんな風に思いながらも、お師匠様にも、そんな修行時代があったのだなと、ちょっと嬉しく思った。
トキの事は心配ではあったが、トキの魔力を風が伝えてくれたことで、少し安心した。
早く治して追いかけなきゃ、ナナはそう心を定め、慌てるのをやめた。
必ず取り戻して、また一緒にこんな美味しいものを食べよう、そう心に誓うのであった。
森の風はゆるやかにナナを撫でていく。
それは幼い頃に頭を撫でてくれたお師匠様の手のように、優しく思えた。
二日後の朝、旅立つナナとレアの姿が森の館の入り口に立っていた。
「ふたりとも、それぞれこれをもってお行き」
ウリルは、大きな魔玉の入った袋を二人に手渡す。
「私の魔力をたっぷり注いでるからね、私にも少しは手助けさせておくれ」
そういうと、ウリルはナナとレアをまとめて抱きしめる。
「必ずトキを連れて帰っておいで、私はここで待ってるからね」
「行ってきます、お師匠様」
「こいつを助けて、二人を連れてかえります」
遙かな帝都を目指す。本当は飛んでいきたいけれどそんなことをしたら、あっという間に見つかってしまう。
さすがに寄ってくる帝国軍をなぎ倒していくなんてことは、あっという間に魔力が枯渇してしまう。
二人は、レアが連れてきてくれていた、あの二頭の
旅の相棒はレアに変わった。
風と炎は、北東、帝国領を目指して、ウリルの視界から消えていった。
二人が見えなくなっても、しばらくウリルはそちらの方向を見つめていた。
「無事で、かえっておいでよ……」
その声は森と同じ優しい声だった。
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