ストライダーズランカー〈アシェル・カディン〉

 残る敵影は三機。すべてワーカーフレームを戦闘用に改造した粗野なシルエット。

 しかし、その手には軍用規格のレールガンが握られている。寄せ集めの機体であっても、撃ち出される弾丸の威力は脅威そのもの。

 ECMの効果を低減できるマインドリンクによる支援があっても、決して油断はできなかった。


(立て直しが早い! 敵はECM対策をされた機体に乗っているみたい! データリンクは切断されたみたいだけど、 照準が狂うことを期待はできないわ! かわし続けて!)

 

 リオナの思念が鋭く走り、絶えずアシェルへと戦術情報を送り続ける。


「任せろ!」

 

 アシェルは左手の盾を切り離した。ビーム兵器のない戦場にとって不要な重量物を捨て、巨体はわずかに軽くなる。

 次の瞬間、敵弾が残光を帯びて迫ってくる。

 アシェルの駆る<ブルワーク>は滑るように軌道を逸らし、補助スラスターと慣性を利用して敵の狙いを外した。

 確かに照準は正確であった。おそらくは量子レーダー搭載型照準器内蔵レールガン――単なる武装勢力にしてはあまりに豪華な兵装に疑問符が付くが、そのような思考こそが戦場では命取りであることをアシェルは理解している。

 無駄な思考を捨て去り、ストライダーを操ることに専念したアシェルの思念は、指先を引くことでニューロリンクを通じて右肩の機関砲へ流れ込んだ。

 唸りを上げるような幻聴がアシェルの耳に届き、雨のような弾幕が敵機に命中する。

 所詮は防御用弾幕を貼るための武装故に、ワーカーフレームとはいえ装甲を抜くことはできない。しかし狙いは装甲ではなく――武装だ。

 握られていたレールガンの銃身を粉砕することに成功する。

 

「次だ!」

 

 武装を破壊した敵機を一時的に無力化したとアシェルは即座に判断し、ほぼ同時に機体はさらなる動作に移っている。

 リオナから送られてくる映像に従うままに、思考制御によって<ブルワーク>はすぐさま右腕を振り抜いてレールガンを構えた。

 そして敵機を視認し、操縦桿のグリップに組み込まれたトリガーを引く。瞬間、電磁加速により高速で射出された弾体は産業フレームの脆い装甲を易々と貫き、背面から抜けていった。

 撃破した敵機は小さく不規則な振動をしたのち、推進プラズマを噴き散らして爆散する。


「当たるかよ!」


 アシェルの<ブルワーク>を囲むように機動していた敵機の動きは乱れに乱れ、その連携は完全に断たれている。

 そうなれば戦闘力を保持している最後の一機から放たれるレールガンに被弾する道理などない。

 回避機動の最中、アシェルは敵影を狙い澄ます。AI補正で照準はすでに定まっていたが、盾を捨てた左腕を砲身に添え、正確に構えた。

 遠距離戦ではわずかな揺らぎが命取りになる。両腕で支えられた銃身から発射された弾丸は確かな軌道を描き、違法改造ワーカーフレームを次々と命中弾が抉った。

 宇宙空間では鳴らないはずの音がアシェルの耳に聞こえてくる。それは敵機を無力化したことを知らせる、AIによって合成された撃破音だった。


「……ッ! カートリッジ交換!」

 

 ヘッドアップディスプレイには残弾数ゼロの赤表示。腰部の補助アームが弾倉の再装填を開始する。

 その間をついて最後の一機が接近をしてくる。レールガンを破壊したことで一時的に無力化したワーカーフレームだが、その腕に装着された近接武装が見える。

 おそらくは多機能プラズマカッターである《アークカッター》。それは最大出力なら確かにアシェルのブルワークを撃破するに足る威力を秘めている。

 

「ならば……!」

 

 アシェルは一気にスラスターを吹かし、敵機へ急接近する。

 <ブルワーク>の左腕に敵と同じように装着されているプラズマ発信機が蒼白い閃光を帯びた。

 武装は敵機と同じ《アークカッター》――しかしワーカーフレームとは出力がまるで違う。

 敵機の《アークカッター》が装着された腕を一閃で斬り飛ばし、返す刃で胴体部を薙いだ瞬間、アークプラズマによる超高熱によって装甲は紙のように裂け、内部フレームが灼熱に呑まれる。

 アシェルの心に悲鳴のようなノイズが走るが、それもすぐに止む。ワーカーフレームは赤熱の塊となって弾け飛んだ。

 

(……すべての敵機を撃破。輸送艦、進路クリア!)

 

 任務が達成されたことをリオナから告げられる。

 静寂――宇宙に、ようやくひとときの沈黙が戻ってきた。

 漂う残骸の中、輸送艦バージから細い通信が届いた。

 

「……救援……感謝する」


 途切れがちな電波の向こうで、それでも確かに伝わってくる安堵の響き。

 素っ気ない一言だからこそ、戦場を生き延びた者だけが滲ませる生の重みがあった。

 アシェルは無言で頷き、静かに機体を旋回させた。

 視界に映る計器は、赤ではなく安定した緑を示している。熱負荷は上昇こそしたものの許容範囲に収まり、脚部アクチュエータも正常稼働を維持。弾薬残量も十分で、融合キャパシタにも過負荷は見られない。

 盾を切り離した左腕は空だが、もとより消耗品と割り切っている。致命的な損耗は一切ない。結果として、アシェルの<ブルワーク>は無傷のまま敵を退け、輸送艦を守り抜いた。


(……見事だわ。完璧に、任務をやり遂げた)

 

 リオナの声が、静かな安堵を含んで流れ込む。冷徹さを装った響きの裏に、確かな温もりが滲んでいた。

 

「……大げさだな」

 

 アシェルは短く返し、吐息を零す。

 それでも心の奥底では、彼女の声に安らぎを覚えていた。


(B級ランカーとして、あなたの腕は充分に証明された。機体も、まだ戦える。これなら追加任務を受ける余裕があるわ。敵機の武装について疑念はあるけど……あとはあなた次第よ)

「占拠されたコロニーの開放だったな。……いける。ただの武装蜂起ではないかもしれないが、任務を受諾してくれ」

(分かったわ。それならすぐに帰ってきて。整備と補給の準備は、すべて整えてあるから)

 

 その思念に、アシェルは小さく笑った。胸の奥へと染み込む余熱が、冷え切った戦場の静寂をやわらかく温めていく。

 しかし、マインドリンクによる感応は同時に過去の記憶を呼び覚ました。

 ――薄暗闇の裏路地、重い扉の向こう、それはリオナと初めて繋がった夜。発作の収まりと、彼女の呼吸だけが耳に残る……。

 薬では抑えられない衝動、補給と呼ぶしかない依存の始まり……。

 

「ちっ……」

 

 頭を振り払い、ストライダー操縦に不要な熱を追い出す。

 そして乗機を母艦への帰還の途につけた。



 

 やがて黒い宙域の向こうに、アステリオンのシルエットが浮かび上がった。

 ハッチが開かれ、そこに機体を誘導するためのガイドビーコンが喧しく点滅する。

 <ブルワーク>を慎重に格納区画へ進ませると、無人クレーンが巨体を捕捉し、静かに係留。

 やがて格納区画は気密隔壁が閉じられ、真空が徐々に押し出されていく。

 空気の充填音が響き、薄い白霧が足元を流れ――重力制御とともに、ここが安全圏であることを思い出させた。

 AI整備システムが燃料・弾薬・冷却材を自動で補給し、損耗部品を交換していく。

 外装に目立つ損傷はなく、重装甲の下からはまだ熱の靄がゆるやかに立ち昇っていた。


 機体背部、人間でいうところの首と背中の中間部分にあたる場所にあるコックピットハッチが開く。

 アシェルが搭乗用キャットウォークに降り立つと、整備区画の奥からリオナが現れた。

 長い黒髪を後頭部でまとめ、白いラフなシャツに作業用のパンツという、飾り気のない姿。それでも背筋の伸びた佇まいと切れ長の瞳には、冷ややかな印象と隠しきれぬ華があった。スレンダーな体躯が軽やかにこちらへ歩み寄る。

 対照的に、アシェルの影は厚みを帯びていた。中肉中背ながらも肩幅は広く、パイロットスーツの上からでも筋肉質な体格が窺える。

 リオナの手には無針アンプルと高カロリードリンクが握られている。

 

「はい、抑制薬と栄養ドリンク。任務は受諾したわ。機体だけじゃなくて、体にも補給が必要よ」

 

 アシェルはヘルメットを頭から取り外し、空気を胸いっぱいに吸う。

 そして無言でアンプルとドリンクを受け取り、口元だけで笑った。

 

「その通りだ。それに次の任務から戻ったら……精神の補給も必要だろうな。低品位の抑制薬では……限界がある」

 

 自嘲を込めた笑みは、表情だけは笑顔と言えたが、目はまるで笑っていなかった。


「マインドリンクによる弊害だ。あんな戦いの後でも下腹部が熱くなる。こうして顔を突き合わせると、さら……な」

 

 アシェルの言葉を聞き、一瞬、リオナは目を瞬かせ、それから唇の端を吊り上げた。

 

「出会い方が違えば、あるいは……いえ、言っても仕方がないことね。それに私も昂りがあるわ……次は我慢できないかも」


 それは共依存だった。しかし確かに繋がっている心と心。だが、脳が欲するのはアシェルたちには不都合な快楽を呼ぶ脳内物質に過ぎなかった。

 互いの鼓動が重なり、熱がほんの少しだけ溶け合っていることを二人は認識している――しかし、その感覚に溺れる時間はない。


『補給作業完了。発艦準備が整いました』

 

 艦内スピーカーが冷徹な声で割り込む。

 アシェルは深く息を吸い、首元へアンプルを押し付けボタンを押した。

 高圧噴射により皮膚から浸透した薬剤が血中に解き放たれていく冷たさと、彼女の手の温もり。違うはずのそれらが、どこか同じ回路に流れ込む感覚があった。

 リオナの瞳を真っ直ぐに見据える。

 

「機体の中で待機する。休息はコックピットでしよう」

「ええ、少しくらい仮眠をとる余裕はあるはずよ。今は少しでも体を休めて」


 その声を背に、アシェルは再びコックピットへ乗り込む。

 次の任務――占拠されたコロニー内部への突入が待っていた。

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