第38話 破滅ヒロインはついに自覚する
モブである俺が動いて、ヒロインからの好感度が上がる——。
このロジック自体はこれまでにも成立していた事だ。
梓乃李を救った事で距離が近づいたり、他のヒロインとも仲良くなったり。
そのくらいはこれまでもあった。
だがしかし、今回の件で雪海の俺への好感度が上がるのは、正直意味が分からなかった。
だってそうじゃないか。
これまで、俺の言葉は雪海に届いてなかった。
俺がどれだけ説得しようとしても復讐の熱を絶やさなかった雪海だ。
『さくちる』原作内での暁斗と雪海の関係を知っていたからこそ、俺の事なんて使い捨ての駒くらいにしか思っていないと思っていた。
結局、騒動自体も暁斗の力を借りなければ収拾できなかった。
雪海の復讐を終わらせたのも暁斗だ。
計画にどれだけ俺が関与していようと、彼女にとって大事なのは復讐を目の前で終わらせてくれた主人公で。
つまり、雪海の視界には暁斗しか入らないはずだった。
そもそも二人は『桜散る季節の中で』というシナリオの中で、惹かれ合う運命が定められているんだから。
それなのに、蓋を開けてみれば彼女は暁斗ではなく、俺に『隣に居ろ』と言ってきたわけで。
今回の計画に穴があるとすれば、俺が雪海の中の”豊野響太”という人間への興味関心度を見誤っていた事かもしれない。
しかしまぁ、反省ばかりするのもやめよう。
雪海から暁斗への好感度が上がったのも明確である。
先程の暁斗への視線は、情や興味が感じられた。
この冷徹な女にとっては、かなり珍しい態度なわけで。
そこに持っていけたのは、結構な収穫である。
失敗ムードが漂ってはいたが、一応作戦は成功しているのだ。
第一、雪海から暁斗が好かれ過ぎても、今後梓乃李と付き合わせる際に障害になり得るからな。
とりあえずイベントは完遂したし、シナリオ的には問題ないはずだ。
俺的には共通ルートイベントを完遂させて、この世界線をノーマルエンドやバッドエンドに導かなければそれでいいのだから。
うん。
というわけで、切り替える俺。
雪海の言葉から逃げるように、ようやく暁斗達の勉強会に合流した。
机に着くと、右治谷に笑われる。
「おー、先輩の右腕はもうやらなくて良いのか?」
「誰が右腕だ。ただの使用人兼雑用だぞ」
「違いねえ」
と、ゲラゲラ笑っているが、実はコイツだけはこの場で唯一先程の騒動を知らない。
元々、あの件は大っぴらにする気などない。
梓乃李と雪海は当事者だから呼んだだけだ。
暁斗を巻き込んだ事に関しては完全なる俺の独断だが、作戦の都合上、主人公の活躍は必須だから割り切った。
それだけである。
と、俺の登場に暁斗が意味ありげに眉を上げる。
「ねぇ響太。テストが終わったら予定を空けられるかな?」
「え? 別に大丈夫だけど」
唐突に聞かれ、困惑する俺。
しかし、暁斗が「だってさ」と梓乃李に促した時点で、もっと混乱した。
……ん?
これ、なんか雲行き怪しくない?
焦り始める俺に、梓乃李は変な笑みを見せながら言った。
「とりあえずちょっとさ、……今、話せる?」
「――へ?」
立ち上がって教室の外を指す梓乃李。
俺はそれを見てまた嫌な予感を覚えるのであった。
◇
この日羽崎梓乃李は、見てしまった。
響太だけでなく、暁斗までもが自分をいじめていた人間をやり込める現場を目撃してしまったのである。
そして同時に、知ってしまった。
響太がまた危険な事に巻き込まれていたことを。
ここ最近、ずっと様子がおかしかった。
悩んでいるかと思えば、急に白目を剥いたり、落ち込んだように表情を暗くしたり。
話しかければ今度は復讐がどうとか、らしくない事を聞いてくる始末。
梓乃李はそんな幼馴染の奇行に、ずっと困惑していた。
だがしかし、その答えも今日の放課後に全て明らかになった。
悩んでいたのは雪海の黒い過去についてで。
様子がおかしかったのは彼女の復讐を止めようとしていたからで。
そしてそのせいで、早瀬と亜実から標的にされてしまったと。
これまでの謎が、梓乃李の中でようやく解決されたのである。
そしてそのまま、響太への心配をする余裕もないくらいに暁斗が話し始めた。
これからどうするべきか、今までの問題とどう折り合いをつけるか。
響太とは違って、弱みを持って脅したりするわけでもなければ、学校を辞めるように迫るわけでもない鮮やかな手口。
息をつく暇もないまま話は進んで、結局亜実達はすんなり折れた。
遺恨も残さず、あっさり片付けてしまった。
梓乃李はそんな暁斗の完璧に立ち回りに驚く。
筆箱がなくなった時は、あくまで響太だけが動いてくれた。
暁斗も慰めてはくれたが、探してくれたのも亜実に制裁を与えてくれたのも、響太だったから。
だがしかし、今日の活躍を見て梓乃李は暁斗を見直した。
久々に、カッコいいと思ったのである。
廃校舎裏の物陰に一人残ったまま、梓乃李は考えた。
まだ状況が整理し切れていない。
女子に囲まれても悠然と話していた暁斗の姿が頭から離れない。
加えて何より、自分の問題が原因で響太が怪我をする羽目になったという事態も、飲み込めない。
感情の整理もできていなかった。
確かに、響太の亜実撃退手口に関しては、危ない方法だとは思っていた。
あの日、偶然響太の録画を見てしまった時、梓乃李はかなり驚いた。
物凄く嬉しかったのと同時に、ここまで徹底的に追い詰めて大丈夫なの?と思ったのも事実である。
だけどそのせいで刺されたと知れば、自分の事を責めてしまうのは当然で。
そしてその上で、少しだけ引っかかる。
――なんで豊野君は、そこまでされても私を庇うんだろう。
暁斗はカッコよかった。
久々に少しドキッとしたくらいだ。
それなのに、どうしても響太の事ばかり考えてしまう。
――普通、刺されたなら警察に言えば良くない?
至極真っ当な疑問も抱きつつ、唸る梓乃李。
と、そこに足音が近づく。
「悩み事ですか?」
「……七ヶ条、先輩?」
不意に現れたその姿に驚きつつ、梓乃李は慌てて頭を下げた。
「今のやり取り、見ていたのでしょう?」
「まぁ、はい。……その、大変な事が起きていたんですね」
「そうね。貴方の知らないところで」
「ッ! ――でも、須賀君が解決してくれた」
知らないところで、と言われたのが梓乃李の中で引っかかった。
まるで除け者にするような言葉に、つい言い返す梓乃李。
梓乃李が言ったところで、雪海は笑う。
「ふふっ、あはは。そうね。その通りです」
「な、何がおかしいんですか?」
「貴方、本気で全て須賀暁斗の手柄だと?」
「え、いやだって。あの人が言い負かして解決策を出したじゃないですか」
「ふふっ、それはそうね。彼も良い活躍だったわ。だけれど、違う。……この展開は、豊野響太が用意した策略よ」
「ッ!?」
言われて梓乃李も思う。
そうだ。
ずっとどこかで引っかかっていた。
確かに暁斗は凄かったが、あまりにも完璧過ぎた。
まるで、誰かが台本を用意しているかのような、そんな印象を受けていたのである。
「ど、どういう意味ですか」
「アレは彼からのメッセージよ。言うなれば『ほら、俺達は復讐なんかせずにクリーンな手で相手をやり込めましたよ。七ヶ条先輩も俺達を見習って復讐なんて考えずに生きましょうよ』といったところかしら」
「……」
「説教臭いのよ、あの男」
口元に笑みを浮かべながら言う雪海に、梓乃李は下唇を嚙んだ。
彼女の口から出た『あの男』というフレーズが無性に気に障る。
それは響太の口から何度も出た『あの女』という単語と、同じだったから。
二人の親密な関係が透けて見えて、苦しい。
そして何より、自分が恥ずかしくなった。
響太の想いを汲んであげられず、何より彼の裏の行動やその意図なんて気づくこともできずに、ただ暁斗に感心していた自分を殺したい気分になる。
加えて、自分にはわからなかった事を理解している雪海に、嫉妬してしまった。
「なんで、あの人はいつも私には何の相談もしてくれないの」
ボソッとこぼす梓乃李に、雪海は黙る。
「いつも私には何も言わずに危険な事ばっかりしてる。金曜の夜、須賀君に聞かれたんです。『何か危険な目に遭ってないか?』って。その後も、『週末はなるべく家を出ないで』ってよくわからない忠告をされて。でも多分、それって加藤さん達が私の事も狙ってるかもしれなかったからですよね」
「そうでしょうね」
「なのに、豊野君は私に何も言わなかった。おかしいじゃないですか。そんな事に気付けるのは狙われた豊野君しかいないはずなのに、私に電話をかけてきたのは須賀君だったんですよ? ……まるで私と須賀君をくっ付けるために、わざわざ機会を作るような事をしてさ」
言いながら、ようやく気付く。
――あぁ、そっか。あの日から、ずっとそうだったんだ。
筆箱がなくなった日。
自分のためにわざわざいじめグループに突撃してくれた響太を見て、その時から既に始まっていたんだ。
ずっと響太の事が頭から離れなかった理由も、今なら理解できる。
――私は、ずっとあの人の事が好きだったんだ。
考えてみれば当然の事だった。
だけどこれまで、自分の気持ちに整理はついていなかった。
それが単なる鈍感だったのかはわからない。
内心で、ずっと自分とは別次元の存在だと壁を作っていたからかもしれない。
だけど、気づいてしまった。
豊野響太が好きだと自覚してしまえば、これまでの自分のもやもやも、今の感情も全てが手に取るようにわかる。
「私は、もっとあの人の事が知りたいんだ……」
昔から意味不明だった幼馴染。
同じ空間に居ても、どこか違う世界の住人に見えていた彼の事が。
今ではどうしても、知りたくなってしまっていたのだ。
だから――。
……。
…………。
………………。
「ねぇ、もっと君の事、教えてよ。――響太君」
事件が終わった後の勉強会の合間。
美術室から連れ出した響太の手を掴み、梓乃李はお互いの鼓動が聞こえる距離まで近づいて、十年ぶりに名前を呼ぶのであった。
―――
【あとがき】
明日の更新で一旦区切りです!
よろしくお願いします。
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