5.守護者と仲間と

「君は今日から、この図書館の関係者となった。守護者補佐として」


道都は再び腕を組み、あかりを見つめた。


「この図書館には、厳格な掟がある。第一に、図書館の存在を外部に漏らしてはならない。第二に、図書館の本を悪用してはならない。第三に、守護者の指示に従わなければならない」


「守護者?」


「僕のことだ」


道都は胸に手を当てた。


「僕の家系は代々、この図書館の守護者を務めてきた。瀬野家は百五十年前の創設時から、図書館を守り続けている」


「それで、瀬野先輩がここに?」


「ああ」


道都の表情が少し曇った。


「僕は十五歳の時、父から守護者の役割を引き継いだ。父は…図書館を守る戦いで命を落とした」


「え…」


「それ以来、僕が唯一の正式な守護者だ」


道都は遠くを見るような目をした。


「図書館を守ることが、僕の使命であり、存在意義だ」


あかりは道都を見つめた。生徒会長として完璧で、いつも冷静な道都。でも、その瞳には深い孤独が宿っていた。若干十八歳で、こんな重い責任を一人で背負っているのだ。


「大変ですね」


「これが僕の運命だ」


道都は感情を押し殺したように答えた。


「文句を言うつもりはない。ただ、守るだけだ」


その時、図書館の扉が開く音がした。


「道都ー!お前またここにいるのか!生徒会の仕事が山積みだぞー!」


明るい声。そして、その声の主が部屋に飛び込んできた。


「あかり!?」


寛だった。


「寛!?どうしてここに!?」


「それはこっちの台詞だよ!」


寛は驚いた表情であかりを見た。


「お前、なんで図書館にいるんだ?しかも道都と二人で!」


道都が割って入った。


「横田、彼女を知っているのか?」


「おう!幼馴染だよ!小学校からずっと一緒!」


寛はあかりの隣に座った。


「つーか道都、あかりに図書館のこと教えたのか?」


「教えたわけではない。彼女が選定の鍵を見つけた」


「マジで!?」


寛は目を丸くした。


「選定の鍵って、あの伝説の!?じゃああかりも、俺たちの仲間になるのか!?」


「仲間? 寛も、この図書館のこと知ってたの? 」


あかりが尋ねた。


「おう! 」


寛は得意げに胸を張った。


「俺、半年前に道都に誘われてさ。最初はビックリしたけど、今じゃすっかり慣れたぜ。ここ、超すげー場所だろ?」


道都が補足した。


「横田は牡牛座の異能、『大地の守護』を持っている。防御と安定を司る力だ。図書館の結界維持と警備を手伝ってもらっている」


「へえ」


あかりは寛を見た。


「すごいじゃん」


「へへ、まあな」


寛は照れくさそうに笑った。


「でもさ、あかりも選ばれたってことは、相当なもんだぜ?選定の鍵は滅多に現れないんだから」


「そうなの?」


「ああ」


道都が頷いた。


「過去百年で、選定の鍵が現れたのは三回だけだ。それほど稀少な出来事だ」


あかりは改めて、自分の手の中の鍵を見つめた。この小さな鍵が、自分の運命を変えたのだ。


その時、静かな足音が近づいてきた。


「…新しい来訪者がいるようだね」


静かな声。そして、部屋の入り口に一人の少年が現れた。銀髪に紫の瞳。図書委員の雪村悟だった。


「雪村くん!」


あかりは驚いた。


悟は一冊の本を抱えたまま、あかりを静かに見つめた。


「やはり、君だったんだ」


「え?」


「今朝、君から特別な気配を感じた」


悟は部屋に入ってきた。


「選ばれた者の気配を」


道都が説明した。


「悟は天秤座の異能、『調和の天秤』を持っている。バランスを保ち、対立するものを調停する力だ。図書館の本の配置と魔力バランスの管理を手伝ってもらっている」


「雪村くんも、守護者だったんだ」


「守護者補佐、だけどね」


悟は微笑んだ。


「僕はここの本を愛している。だから、管理を手伝っている」


寛が明るく言った。


「これで四人だな!なんか、パーティみたいでいいじゃん!RPGとかでさ、四人パーティって基本だろ?」


道都は少し困ったような表情を見せた。


「パーティ…まあ、確かに四人は理想的な人数かもしれない」


悟があかりに近づいた。


「結城さん、いや、あかり。よろしく。これから、一緒に図書館を守っていこう」


「うん、よろしく」


四人が揃った瞬間、図書館全体が淡く光った。魔法陣が輝きを増し、本棚の本たちが微かに震えた。空気が振動するような感覚。


「これは…」


道都が驚いた表情を見せた。


「図書館が喜んでいる」


悟が静かに言った。


「四つの星座が揃ったから」


「四つの星座?」


あかりが尋ねた。


「双子座、牡牛座、天秤座、射手座」


道都が説明した。


「四つの異なる星座が集まることで、図書館の力が増幅される。それが、古い記録に残されている。『四星の調和』と呼ばれる現象だ」


寛が笑った。


「じゃあ、俺たちって最強のチームってことか!」


「最強かどうかは分からないが」


道都も僅かに笑った。


「確かに、良いバランスだ。双子座の知性、牡牛座の安定、天秤座の調和、射手座の真実。すべてが補完し合っている」


あかりは三人を見回した。


完璧主義の生徒会長、道都。明るくて頼りになる幼馴染、寛。静かで優しい図書委員、悟。そして、自分。


「なんだか、不思議な気分」


あかりが呟いた。


「不思議?」


道都が尋ねた。


「今朝まで普通の女子高生だったのに、今は魔法の図書館にいて、異能を持っていて、守護者になってる」


あかりは笑った。


「まるで物語の中にいるみたい」


悟が微笑んだ。


「物語の中…いい表現だね。ここは、無数の物語が眠る場所だから」


道都が立ち上がった。


「では、結城あかり。正式に君を守護者補佐として認める」


「はい」


「今日から、君は放課後にここへ来て、図書館の仕事を手伝うことになる。異能の使い方も教える。分からないことがあれば、何でも聞け」


「分かりました」


「そして」


道都は厳しい表情で言った。


「このことは、絶対に誰にも話してはならない。もし秘密が漏れれば、図書館が危険にさらされる。それは避けなければならない。分かったな?」


「はい」


道都は頷いた。


「では、今日は遅くなった。帰りなさい。明日の放課後、また来るように」


「はい」


寛が立ち上がった。


「じゃあ、俺があかりを送ってくよ」


「頼む」


道都が頷いた。


悟も静かに立ち上がった。


「僕も、そろそろ帰る。また明日」


三人は図書館を後にした。道都は一人、執務室に残った。窓から夜空を見上げる。星が瞬いていた。


「射手座の守護者か…」


道都は小さく呟いた。選定の鍵が選んだということは、彼女には何か特別な役割があるはずだ。でも、それが何なのか、まだ分からない。


そして、もう一つ。


結城あかりという少女。彼女を見た時、道都の心に何かが引っかかった。それが何なのか、自分でも分からない。ただ、彼女の真っ直ぐな目を見た時、胸が僅かに高鳴った。


「…気のせいだ」


道都は首を振った。守護者に、そんな感情は必要ない。図書館を守ること。それだけが、自分の使命だ。


でも、心の奥で、小さな予感がしていた。


彼女が来たことで、何かが変わる。

そんな気がしたのだ。

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