多重人格雇用保護法

ちびまるフォイ

多重人格者の記憶

はじまりはインフルエンサーの独白だった。


『みんな聞いてほしい。

 これまで隠していたけれど私は多重人格なの』


人気インフルエンサーの配信は大いに話題となり、

今となっては人格省が正式に多重人格保護法を認めた。


会社でも自分が入った頃あたりから、

"多重人格雇用保護法"が始まった。


そして自分の部署にも新たな多重人格者がやってきた。


「というわけで、新人の山田くんがやってきました」


「うっす。どうも」


「彼は多重人格者です。本人でもコントロールできたいタイプ。

 なのでみなさん、理解ある行動をお願いします」


「説教とかされると別人格になります」


そんなわけないだろ、とツッコミ入れたくなったが

自分の直属の部下になるという宣告もあり言えなかった。

これから長く関わるのに、溝を作りたくない。


「あ、あはは。山田くん、よろしく。

 僕は教育係の〇〇です」


「あ、じゃ帰ります」


「早くない!? 出勤したてだよ!?」


「別人格の仕事もあるんで」


「うそん……」


昨日夜なべして作った新人向けの教材は無駄だった。

山田はその足でバイトへ行ったと聞いた。


「社長、あんなの許していいんです?

 うちの会社は副業もバイトも禁止でしょう?」


「しかし、彼のバイトは別人格らしいからね。

 肉体が同じでも別人格ならセーフなんだよ」


「都合よすぎる!!」


やる気スイッチよりもポンポンON/OFFを変えられるものなのか。

それでも怪しさ満点の山田を嘘だとは証明できなかった。


ある日のこと、オフィスに向かうと私服の女性が立っていた。

思わず声をかける。


「あの、どなたですか?

 会社には一般の方の立ち入りはちょっと……」


「この会社に山田って人がいるでしょう!? 出して!!」


「え、ええ……?」


山田を呼びにいく。

そうしないと女性に刺されそうな雰囲気だった。


「山田くん、なんかオフィスの前ですごい剣幕の女性がいるんだけど」


「あ。あ~~……。あれですね、妻です」


「困るよ家庭内のトラブルを会社に持ち込まれたら。

 いったい何をしたんだ?」


「別の人と結婚したのがキレてるんでしょ」


「いやそれはキレるって!!」


「でも別人格なんで」


「治外法権すぎない!? とにかく謝って追い返してくれよ!」


「あでも今別人格になるんでムリです」


「山田って呼ばれて反応してたじゃないか!」


「肉体名は山田ってことで全人格で共通認識してるんです。

 でも山田ではあっても、心は山田じゃないんです。

 あの女も今の人格の山田では知らん女です」


「山田めんどくせぇ!!」


山田(自称:別人格)がかたくなに動かないので、

自分がヒステリックに叫ぶ山田妻をなだめにかかった。

腹部に何針も縫う刺し傷ののち、帰らせることに成功した。


通院明けにオフィスに戻ると山田は涼しい顔をしていた。


「あ先輩。久しぶりっす。痛かったです?」


「もうオフィスに刃物持ち込まないようにだけ言っておいて……」


「別人格になったとき、記憶引き継いでいれば伝えます」


「せめて紙に書いて伝える努力くらいはしてくれよ!!」


こんな調子なのでもう我慢はできない。

社長室へと直談判へと向かう。


「社長、もう限界です! 山田をなんとかしてください!」


「なんとかと言われてもねぇ……」


「会社に来ても別人格だと言って仕事はしない。

 おまけに軽犯罪しほうだいで別人格だと主張してるんですよ!

 こんなトラブルメーカーを置いていいんですか!?」


「しかし、君も知っているように企業には

 "多重人格雇用保護法"があるから解雇は差別になるんだよ」


「だったらせめて、山田の多重人格が本物か確かめましょう!

 あれぜったいウソですもん!!」


「それは多重人格ハラスメントになるんだよ、今の時代」


「そんな……!」


「だれかに診断を強要することはできない。

 逆に訴えられた企業は初期にいくらでもあった。

 君にも課してないように、診断は指示できないんだ」


「それじゃ山田の好き放題じゃないですか!」


「まあそれは……君の頑張りしだいということで」


「結局まるなげかーーい!!」


直談判をしても効果はなかった。

社長は終始「トラブル持ち込むんじゃねえ」と嫌な顔。

もう誰にも頼ることもすがることもできないと悟った。


「これからどうすればいいんだろう……」


家についてからはもう記憶なんてなかった。

目が覚めるとベッドの上で翌日を迎えていた。

ストレスがMAXの兆候だろう。


「おはようございます……」


重い体をひきずってオフィスに入った。

ガヤガヤとヒソヒソが混ざって騒がしい。


「どうしたんです?」


人垣をぬって先に進む。

話題となっている爆心地にはお硬いスーツの人が立っていた。


「どうも、私は人格省から来たものです」


「じ、人格省!? 多重人格の!?」


「はい。ここに多重人格者がいると聞いて抜き打ちで来ました」


そこにちょうどオフィスに遅刻してやってきた山田。

人格省のバッジを見ると一気に顔色が青ざめる。


「じっ……! じじじじ人格省!?」


「彼は?」

「山田。うちで雇っている多重人格者です」


「調査対象ではないがまあいい。

 君、こっちへ来なさい」


山田は顔をぶんぶんと横にふって断固拒否。

まるで歯医者を嫌がる子供のよう。


「い、いやだーー!! 行きたくない!!!」


「君は多重人格者なんだろう。

 では人格統合医療を受けるべきだ」


「頭をかっぴらいて脳をいじる手術なんて

 だれが好きで受けるんだ! 絶対いやだ!」


「だが、多重人格者の人格統合は法律で最近決まった。

 君に拒否権はない。国民の義務として受けるんだ」


「絶対いやだ!! 俺は多重人格者なんかじゃない!

 シングル人格なんだーー!!」


「え」


「多重人格ってウソついてごめんなさい!!

 だって色々都合よかったんだもん!!

 でも本当は別人格なんてない! シングル人格です!!」


「ウソだったのか……」


詰め寄っていた人格省の役人は言葉をなくしていた。

自分だけはやっぱりな、という気持ちだった。

そして山田に告げた。


「そうかそうか。シングル人格なんだね、山田くん」


「そう言ってるでしょう!?」


「じゃあ、これまでの軽犯罪も、重婚も浮気も。

 あらゆるものは君の今の人格というわけだ?」


「あーー……いやそれは別人格……」


人格省の目がギラリと光る。山田は言葉を飲んだ。


「いえ全部僕です……」


「それじゃ会社の外にパトカーをチャーターしておくね♪」


かくして山田はこれまでの多重人格詐称を認め、

パトカーで警察へと連行されていった。


「人格省の方もお疲れ様でした。

 山田はあの通り嘘だったので、もうお仕事は終了ですね」


「いえ、あっちは予定外でした」


「はい?」


「我々が人格統合医療にやってきた理由は彼じゃないです」


人格省の役人はそっと自分を指さした。



「本来の目的はあなたです。

 あなたは多重人格の自覚ないんですよね?」



なぜ昨日家についてから記憶なかったのか。

なぜ自分が会社に入ってから"多重人格雇用保護法"が始まったのか。


思い返してたとき、もう自分は手術台に載せられていた。


「では手術を始めます」


術後、今の自分の記憶と人格は、本来の主人格の方へと統合されて消えた。

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