ヴァリバブル・サーガ 放浪の拳士編
IS
泡間にて/In the Bubble
【泡間にて】 1
……。
…………。
……………………。
無数の泡々が煌めき、夜空の代わりを果たすように、無機質な大地を照らす。この特異な空間を指して、自国の学者は
自分たちの常識がおよそ及ばぬ存在がいると知れば、国内に混乱を招きかけない。そのため泡間、ひいては、別の世界の存在は秘匿されていた。少なくとも、たった今この地を訪れた、"黒剣"のニグレオスにとっての常識はそうであった。
彼はメンセマト帝国に属する騎士である。外世界からの敵対存在の調査、及び排除を命じられた上位階級の騎士……黒騎士の一人であった。世界を超える"渡り"の行為は身体・精神的な負荷を伴うが、彼のように常より訓練を積んだ者ならばこそ、あらゆる外敵、あらゆる埒外の常識に適応できるのだ。
一歩、また一歩、重装が泡間を進む度、甲冑の金属音が周囲に木霊する。静寂そのものが支配するこの空間においては、兜の隙間から漏れる呼吸音ですら大きく反響する。周囲には不定期に泡が周回しており、たまに触れられるような場所にまで降りてくることもある。もっとも、仮にそうできたとしても、ニグレオスは泡に迂闊には触りたくはなかった。
泡間一つ一つを覗くと、色取り取りの銀河、大地、また得体のしれない空間が広がっていることが解る。より深く覗こうと試みると……まるで泡の中から何かに見つめ返されるような錯覚を覚えることさえあった。誤って触れてしまうようなことがあれば、あるいは未知の世界へと吸い込まれてしまうやもしれない。彼の元上官数名は、泡間の調査中のトラブルによって実際に行方知れずとなっているのだ。故に、ニグレオスは慎重に、泡に触れぬように歩を進めていく。
(このような不快な地、早く引き上げてしまいたい。本当に窃視者とやらは存在するのか……?)
数日前、帝国所属の星占術師たちが何者かの窃視を報告した。星占術――この泡々の世界において、星の巡りとはまさしく他世界の似姿である。そんな外世界からの不穏な視界……すなわち、なんらかの干渉の疑いがあった。そうして数名の黒騎士が外へと派遣され……こうしてニグレオスは、この泡間へと足を運んでいたのだ。
果たして、この超自然の空間に窃視の痕跡など存在するのか……。疑問に思っていたニグレオスであったが、思いがけないほど呆気なく、目当てのものを発見した。奇抜な恰好の男が、なにやら熱心に座り込んでいたのだ。男は、奇怪な装置を用いて、一つ一つの泡を観察していた。
この泡間において、誰かと出会うことなどごく稀だ。ましてや、明らかに不審者である。ニグレオスは決断的に剣を抜き、眼前の男に言い放った。
「そこな者、直れ! 我はメンセマト主席騎士が一人、邪剣継承せし十四代目"黒剣"、名をニグレオス=グレイウォルムという! 汝の名を問おう」
毅然と、張りのある声が泡間に響く。眼前の奇妙な男はゆったりと振り返ると……わざとらしく驚いて見せた。
「やあ、やあ。すまない。君のそのう……文化を知らないんだ。私の名はフロパサダム。泡沫世界の観察を生業としている。君たち風に喩えるなら……そうだな、研究者という職業は君の世界にもあったかな?」
複雑な金の刺繍を纏う、明らかにメンセマトの文化圏と異なる出自の者である。男が右手を広げると、先ほどまで手にしていた装置がみるみるうちに分解され、やがて男の手と完全に同化した。ニグレオスは面妖さに訝しんだ。
「観察と言ったな。では我が国に下劣な目線を向けていた視魔は貴様で間違いないな」
「おや、数刻ばかり覗いていただけだというのに、こんなに早く露見するとは。これが国家という組織か。如何にも、私が君たちの世界を覗いていた張本人だとも。下劣かどうかは解釈が分かれると思うが」
「では、貴様を罪人とみなし処刑する」
騎士が剣を振りかかると、慌ててフロパサダムがかぶりを振った。
「待て、待て! そうか、そういう理屈か……確かに私は君たちの世界を視ていた。それは認める。だが、断じて私に君たちを害する気持ちはないし、ましてや侵略の意図もない! それなのに一方的に斬ろうなんて御免被る!」
「その潔白をどう証明するというのだ?」
「証明の……方法はない。だから口約束しかできないが、金輪際、君たちの世界、メンセマトといったか――を覗くことはもうしない。今後一切、ここの泡間に足を踏み入れることさえしないと誓おう。死せし神々に! それでどうか見逃してくれまいか。な、頼むよ。一期一会の仲じゃないか」
「我の独断で決めるわけにはいかん。最低限、俺は貴様を祖国まで連れて行く義務がある。貴様はせいぜい達者な口を法廷で披露するがいい」
フロパサダムは露骨に顔をしかめた。
「……どうしても行かなければ駄目か?」
「どうしても、だ。我が剣と忠義にかけて」
「そうか……では仕方がないな」
突如、フロパサダムの右腕がボコボコと変形を始めた。すぐさまニグレオスは斬りかかるが、その剣戟は何らかの力場によって阻まれた。フロパサダムを中心に、半透明の結界のようなものが展開されているのだ。
「貴様……
ニグレオスが問うた。フロパサダムは嗤った。
「如何にも! 知らなかったか? この泡間は魔札使いでなければ耐えられぬのだと」
力場にはじき返され、ニグレオスは距離を取った。
「ならば、我もまた魔札使いであると知っていよう」
ニグレオスの眼前に、5枚の、まるでトランプに用いられるようなカードが浮遊し、展開された。ニグレオスの周囲に、先ほどフロパサダムが放ったものと同じ力場が展開され、周囲の泡々が弾かれていく。
相対するフロパサダムもまた、同じように5枚のカードを展開していた。彼らはさも、それが当然の事のように認識し――そして、唱えた。
「「
お互いの力場が衝突し、僅かにニグレオスの力場が勝った。新たに1枚のカードが目の前に追加され、重装騎士は兜の中で笑みを浮かべた。
「我の先行、帝国式決闘術を見せてやろう」
ニグレオスが手を翳したカードが粒子を吸収し、ひとりでに人型を形作り始めた。やがて顕現したそれは、ニグレオスに相似した甲冑を着た、しかし彼よりも遥かに強大な存在圧を放つ、炎を纏った騎士であった。例えるならば、神話の物語に登場する人物が気まぐれに現世に降臨したかのような、超然とした存在であった。
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魔炎の黒騎士
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コスト:1
パワー:2
タフネス:2
生物種別:人間・騎士
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「……ほう! やはり君たちが扱うは騎士道か。いやはや、様々な魔札使いを見てきたが、やはり歴史の違いが魔札に表れるね。興味深いよ」
フロパサダムが感心する様に、ニグレオスは苛立ちを覚えた。
「貴様の手番だ。早々に魔札を唱えるがいい」
「おっと、すまなかった。では手番をいただこう」
フロパサダムが手を翳すと、やはり新たに1枚のカード……魔札が浮かび上がり、計6枚の魔札がフロパサダムの手元に揃った。彼は少し思案し、うち2枚の魔札を選び取り……自らの右手で握りつぶした。
「果たして、騎士様に敵うかどうか不安だがね……さあ、応えてくれよ」
男が手を開くと、魔札だったものから金の蔦上の金属が現出した。それらは複雑に混ざり合い、アラベスク状の紋様を築きながら、まるで一羽の鳥のような外観へと成形を果たした。すると驚くべきことに、金属の鳥は本物さながらに鳴き声を放つと、軽々しく翼をはためかせ、男の上空を旋回した。
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合金の鳥
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コスト:2
パワー:2
タフネス:1
生物種別:鳥・人工物
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「金の檻」+「金の変わり身」
手札の上記呪文を下敷きにしてこの生物を生成できる。
これの下にある呪文を自分はいつでも唱えてもよい。
これの下に呪文がないとき、合金の鳥は死亡する。
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「それが貴様の魔札か。異端の技術だな。そのような胡乱な術を扱う者など、我が帝国にはおらん」
「生憎、君のように誇るべき国や歴史がないんだ。だから、こうやって自分の特技を活かしているのさ……と、これで私の手番は終了だ」
金の鳥を肩に乗せ、フロパサダムは恭しく一礼した。一巡したことで、再びニグレオスの手番となる。それと同時に、二者の衝突する力場が力を増し、泡間一帯へと衝撃が広がり始めた。
「おお、これはいかん。泡間は決して頑丈な空間ではないのだ。我々がこうして決闘を続けてしまえば、程なく空間自体が崩れ落ちてしまうやもしれぬ」
「心配する必要はあるまい」
泡間の崩壊を示唆するフロパサダム。だが、その言葉をニグレオスは断ち切った。
「何故ならば、泡間が崩れるよりも早く我が貴様を倒すからだ」
ニグレオスの宣言に、侮りや増長はなかった。己が強者であるが故に勝つのだという、それだけの事実宣告。警戒するフロパサダムを前に、黒騎士は新たな魔札を繰り出した。
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