第5章:黎明航路編 ― 星を継ぐ者 第1節:空を渡る誓約


 ――空が、再び“目覚めた”。


 エデン・ヴォルトの崩壊から三日。

 リクとリアは、新たな拠点を北方の浮遊都市ネクス=アトラスに置いていた。

 かつて“創造者”の監視塔として機能していた空の都市は、今や静かな亡骸と化している。

 だがその中央で、リクは“新たな星図”を展開していた。


 浮遊スクリーンに浮かぶのは、世界全図。

 その上には無数の座標が点滅している。

 どれも“アーキタイプ計画”の残響――創造者の意思が散布された痕跡だ。


「この座標……全部、“神紋信号”が共鳴してる。」

 リアが覗き込み、眉を寄せる。

「世界中に散ってるのね……これじゃ、どこが中心なのかわからない。」


 リクは静かに頷く。

 「でも、一つだけ他と違う点がある。」

 指先が示したのは、星図の西方に浮かぶ“巨大な空域”。

 そこには古代の名が刻まれていた。


 ――《アストレア・ライン》。

 創造者の航路。かつて“人と神が並び立つ道”と呼ばれた、空の回廊。


「そこに、“黎明航路”がある。」リクの声は静かだが、確信に満ちていた。

「創造者を超える存在――“アーキタイプ”が、最初に生まれた場所だ。」


 リアは息をのむ。

 空を渡る――それは、この世界で最も危険な旅。

 古の防衛兵器、崩壊した人工浮島、狂った気流。

 そのどれもが、いまだ“神の残滓”として漂っている。


「本気で行く気?」

 「行かない理由がない。」

 リクは即答した。

 「創造者は消えた。でも……あの約束は、まだ終わってない。」


 彼の瞳には、かつて見た“約束の残火”が宿っていた。

 それは、ただの記録でも、力でもない。

 ――人が創ることをやめなかった、その証。


 リアは小さく笑う。「本当にあなたって……創造者の再臨みたいね。」

 「違うさ。」

 リクは彼女を見て、ふっと息を漏らす。

 「俺は“創り直す”側じゃない。壊れた約束を、“繋ぎ直す”側だ。」


 その言葉に、リアは一瞬だけ黙り込んだ。

 そして、そっと右手を差し出す。

 「……じゃあ、航路の始動を。」


 リクは彼女の手に自分の掌を重ねた。

 誓約紋が輝き、空中の星図が反応する。


> 《航路コード:黎明ノ式(Proto-Line) 起動》

《誓約対象:リク・アーシュライト、リア・フレア・ヴェイル》

《目的:アストレア・ライン到達》




 轟音が空を震わせた。

 都市の外縁部――封鎖されていた浮遊機関が、百年ぶりに再起動する。

 青白い光が空を切り裂き、巨大な影がゆっくりと持ち上がる。


 そこに現れたのは、古代の飛翔艦アルケイン・リリス

 創造者時代の技術で作られた、神格構造の飛行艦。

 その船体には、ひとつの名が刻まれていた。


 ――“黎明航路(Dawn Route)”。


 リアの声が震える。「……まさか、航路そのものが“船”として存在してたなんて。」

 リクは無言で乗艦口へ向かう。

 足元で鳴る鉄の音が、どこか懐かしく聞こえた。


 艦内は、まるで眠る巨人の体内のように静かだった。

 中央制御核に触れると、無数の光が走り、機構が目覚め始める。

 やがて、声が響いた。


 《……承継者、確認。黎明航路、始動許可を要請します。》


 リクは短く応じた。

 「黎明航路、起動。」


 外の空が光で満たされる。

 巨大な艦が静かに浮上し、星の海を目指して進み始める。


 ――風が鳴った。

 エデン・ヴォルトの残骸を越え、空を渡る。

 世界は新たな夜明けを迎えようとしていた。


 リアが小さく呟く。「ねぇ、リク。もし“創造者を超える存在”に会えたら……どうするの?」

 彼は少しだけ考え、笑った。

 「そのときは――もう一度、問うよ。」

 「何を?」

 「“人は、何のために創るのか”を。」


 風がふたりの言葉をさらい、

 黎明の光が、空の果てを染め上げていく。


 その航路の先で、まだ知らぬ“星の誓約”が彼らを待っていた。


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