--第3節:原初の残響


 ——光の終わりに、静寂があった。


 暴走していたエデン・ヴォルトの核が沈黙し、谷を覆っていた光がゆっくりと収束していく。

 空は再び青を取り戻し、遠くの山肌が夕暮れの赤を帯び始めていた。

 リクとリアは崩壊した地盤の上に座り込み、息を整えていた。


「……終わった、のか?」

 リアが呟く。彼女の頬には焦げた光の粒が残っていた。

 リクは無言で頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 風が吹き、砂埃の向こうに、白い残光が揺れていた。


 その中心に——“誰か”が立っていた。


 全身を白い構文の光で包まれた存在。輪郭は曖昧で、肉体を持たない。

 だが、その瞳は確かに“人のもの”だった。

 静かに、そして悲しげに。


『……ここまで辿り着いたか、誓約の子。』


 その声は、空と大地の両方から響くようだった。

 リアが一歩、前に出る。

「あなたが——創造者?」

『かつてそう呼ばれた存在の、断片にすぎない。私の名は失われた。

 だが、君たちの世界では“スキル”と呼ばれる概念を設計した。』


 リクはその言葉を受け、無意識に銃を握った。

「……どうしてスキルを作った。あれのせいで、世界は何度も壊れた。」


 創造者は微笑んだ。

『壊れたのは、力ではない。意味だ。

 人が“願い”を力に変えるための仕組み——それがスキルだった。

 だが、願いが消え、数値と制御だけが残ったとき、

 それは人を導くものではなく、縛るものとなった。』


 リアは拳を握りしめた。

「……じゃあ、誓約は?」

『誓約とは、力に“心”を宿すための契約。

 人が願いを忘れぬよう、制約という形で縛りを課した。

 しかし、やがて人はそれを“呪い”と呼ぶようになった。』


 沈黙が落ちる。

 風が吹き、砂に光の粒が舞った。

 リクはしばらく目を伏せ、やがて顔を上げる。


「……じゃあ、俺たちは何を誓えばいい。

 誓約が呪いで、願いが歪んでいくなら……人はどこへ向かえばいい?」


 創造者はリクの方へ一歩近づいた。

 その足音はない。だが、大地がわずかに震えた。

『“創る”とは、奪うことではない。

 “選ぶ”ことだ。

 ——誰かのために、どの願いを残すか。』


 リアがゆっくりとリクを見た。

 彼女の瞳には、淡い光が宿っていた。

「……リク、あなたの誓約コード。まだ“余白”が残ってる。

 それ、たぶん……このためにあったの。」


 リクは腕を見下ろす。

 確かに、誓約紋の一部が欠けている。そこに今、光の糸が伸びてきていた。


『誓約の欠片を“心”で満たせ。

 私たち創造者は、そのために滅びた。

 人が願いを継げるように。』


 創造者の姿が少しずつ薄れていく。

 それでも声は、確かに響き続けた。


『君は、誓いを繋ぐ者。

 ——“リク・アーシュライト”。

 この名が、再び未来で呼ばれることを願っている。』


 眩い光が走った。

 谷を包む空気が変わり、リアが顔を上げる。

「……リク、これ……!」


 光が彼の右腕に集まり、欠けていた誓約紋が完全な円を描く。

 そこには、新たな構文名が刻まれていた。


 《誓約:創始連結(オリジン・リンク)》


 リクはその光を見つめ、拳を握る。

「……“創る”じゃない。“繋ぐ”。

 誰かの願いを、次の誰かに渡すために。」


 リアは静かに頷いた。

「ええ、それが——あなたの“原初誓約”。」


 創造者の残光が消える。

 谷の上空には、ひとすじの白い光柱が立ちのぼり、

 やがて天へと消えていった。


 その光の中で、リクの瞳がわずかに揺れた。

 遠い記憶の奥底——まだ見ぬ未来の断片が、かすかに脈打っていた。


 誰かが呼んでいる。

 “創造者”ではない。

 “次の時代”からの呼び声。


 リクは銃を背に戻し、空を見上げた。

 風が吹く。

 リアが隣で笑う。


「……行こう、リク。これが終わりじゃない。」

「ああ。誓いは続く。次の地平まで。」


 二人は歩き出した。

 光の余韻が、谷の奥深くで静かに瞬き続けていた。


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