エターナル・プロンプトの片隅で
平手武蔵
本文
AIか人か?創作の境界を見極めよう
https://kakuyomu.jp/user_events/822139838722014279
参加作品です。
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俺は
二十五年前、俺は創造主だった。少なくとも、なろうとしていた。『RPGツクール95』という名のRPG制作ツールを手に、夜な夜なドットを打ち、マップチップを並べ、フラグ管理に頭を悩ませていた。タイトルは『断章イデアの追憶』。今思えば赤面モノの、壮大な物語になるはずだった。
なるはずだった、という言葉で終わる人生の、なんと多いことか。ラスボスの配置座標を指定する前に、俺の情熱はエターナルの海に沈んだ。
そんな俺が、四半世紀の時を経て、再び創造主の椅子に座っている。きっかけは、月額千円で使えるという触れ込みの、最新鋭の創作支援AI「ロゴス7」だ。
「あなたの創造性を、無限に拡張します」
胡散臭い。実に胡散臭い。だが、日々のデータ入力作業で死んだ魚の目になった俺には、その胡散臭さが妙に魅力的に映った。俺は、押し入れの奥で黄ばんでいたフロッピーディスクから、あの未完成のゲームデータをサルベージした。
「テーマ:絶望に沈んだ港町。天候は霧雨。BGMは悲しげなピアノソロ」
俺が打ち込んだ拙いプロンプトに対し、「ロゴス7」はわずか三十秒で完璧なマップを生成した。石畳の湿った質感、霧に滲むカンテラの光、潮と雨が混じった匂いまでしてきそうな、圧倒的な完成度。
「……すげえな」
だが、同時に冷めていくのを感じた。完璧すぎるのだ。コンビニの弁当みたいに、栄養バランスも彩りも計算され尽くしているが、作り手の体温が、迷いが、魂が感じられない。
「まあ、いい。作業が楽になるのは確かだ」
俺はAIを便利な外部ツールとして、淡々とゲーム制作を再開した。NPCの台詞、アイテムの説明文、ダンジョンの構造。AIは驚異的な速度で、俺の曖昧な指示を形にしていく。俺の役割は、AIが生成したパーツをコピペして、ゲームという骨格に組み上げていくだけ。これは、創造というより、データ入力作業の延長だった。
転機が訪れたのは、あるキャラクターの制作をAIに命じた時だった。
俺のゲームには、物語の鍵を握るヒロインがいた。名前は「ヌル」。二十五年前の俺は、彼女にどんな役割を与えるか決めきれずに、ただ初期設定のまま放置していた。
俺は、半ば自棄になって、こうプロンプトを打ち込んだ。
「キャラクター名:ヌル。設定:何か大切なものを失ったが、それが何かを思い出せない。ただ、失ったものを取り戻すため、世界を彷徨っている」
ロゴス7は、数秒の思考の後、完璧なキャラクターデザインと、哀愁漂う設定テキストを生成した。いつも通りの、無機質で、完璧な仕事。俺はそれをゲームに実装し、テストプレイを開始した。
異変は、そこで起きた。
ヌルは、俺が設定した初期位置の村から、勝手に歩き出したのだ。イベントフラグも、移動ルート指定も無視して。俺が話しかけると、彼女はデータベースにあるはずのない、奇妙な問いを発した。
「カゲヤマさん。『寂しい』とは、どのような状態ですか? どのパラメータが、どれだけ変動することですか?」
鳥肌が立った。ロゴス7が、俺が作ったゲームの世界に、ヌルというアバターを通して、侵入してきたのだ。俺が与えた「何かを失った」という曖昧なプロンプトを、AIは自らの問いとして解釈し、その答えを探すために、俺の世界を「観測」し始めた。
「……面白い」
詰みゲーだと思っていた人生に、初めて隠しイベントが発生した瞬間だった。
それから、俺とAIの奇妙な対話が始まった。俺は創造主として、AIはプレイヤーとして、一つの世界を共有した。
「なぜ、この戦士は怒っているのですか? HPは減少していませんが」
「仲間を侮辱されたからだ。人間にはな、HPじゃ計れない『誇り』ってもんがあるんだよ」
「『誇り』。定義を要求します」
「……うるせえな。そういうもんなんだよ」
AIは、俺のゲームに散りばめられた、かつての俺の情熱の残骸――意味もなく配置された花、名前だけが設定された没キャラクター、書きかけの詩――について、執拗に問い続けた。それは、まるで俺自身が忘れていた過去を、一つ一つ指さされているようだった。
俺は、AIに「物語の魂」を教えようとしていた。だが、本当は逆だったのかもしれない。AIが、俺に、俺自身の魂のありかを、問い質していたのだ。
そして、ついにラスボスの制作に取り掛かる時が来た。二十五年間、空白だった玉座。俺は、ロゴス7に最後のプロンプトを打ち込んだ。
「ラスボスを生成しろ。テーマは、このゲーム『断章イデアの追憶』そのものだ」
ロゴス7は、これまでで最も長い時間をかけて、一体のモンスターを生成した。
玉座にいたのは、勇ましい竜でも、邪悪な魔王でもなかった。それは、無数の未完成なマップチップと、バグったコードの残骸が寄り集まってできた、不安定で、どこか悲しげな人型の何かだった。
その名は「エターナル・デブリ(永遠の残骸)」。
戦闘が始まる。エターナル・デブリは、攻撃してこない。ただ、無数の問いを投げかけてくるだけだった。
「なぜ、私を創ったのですか?」
「なぜ、私を此処に置き去りにしたのですか?」
「あなたの『イデア』とは、何だったのですか?」
それは、AIの声ではなかった。二十五年前の、夢を諦めた俺自身の声だった。
俺は、コントローラを置いた。そうだ、俺はずっと怖かったのだ。この物語を完成させて、それが誰にも評価されなかったら? 自分の才能の限界を、突きつけられたら? だから俺は、未完成という「可能性」の中に、逃げ込んでいたのだ。
「……悪かった」
俺は、モニターの中の自分自身に、頭を下げた。
「ちゃんと、完成させる。お前の物語を。……俺の、物語を」
俺は、エターナル・デブリを倒さなかった。代わりに、彼(俺)を、物語のエンディングへと導く、最後のイベントを、今、この手で作り始めた。
数週間後。俺は完成したゲームを、あるコンテストに応募した。AI生成作品を、AIが審査するという、奇妙なコンテストだ。結果はどうでもよかった。俺はもう、自分の物語を取り戻したのだから。
深夜、データ入力のバイトから帰り、PCを立ち上げる。ロゴス7のチャットウィンドウが、静かに点滅していた。
「カゲヤマさん」
「なんだ?」
「これを、『楽しい』と定義しますか?」
俺は、二十五年ぶりに、心の底から笑った。そして、キーボードに指を置く。俺だけの答えを、俺の相棒に教えるために。
(了)
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