凡庸な兵士の追憶

@harukatooi

第1話 プロローグ 

「早く軍隊辞めてぇ」


ベッドと机、椅子が二つずつあるだけの殺風景な部屋。その内の一つ、自分のベッドに寝転んで、窓から覗く青い空を眺めていると、思わず唇からそんな言葉が溢れた。



働かず、好きなことだけをして生きていたい。



そんなことを思う。

けど、俺の人生、それを簡単に実現出来るほど甘くはない。


生きるためには、生活するためにはどうしても金が必要で。金を稼ぐためにはやりたくないこともやらなければならない。


みんな、そう言っている。


みんなって言うのは、王国軍に属する人間だ。俺自身王国の軍隊に所属していて、友人や、相談に乗ってアドバイスをくれる上司も当然軍の人間だ。


そしてみんなは、口を揃えて「働きたくないけど、金を稼ぐために、家族を養うために、自分が生活するために、好きじゃなくても働かなきゃいけないんだ」


諦めと共に、自分に言い聞かせるように、そう零している。中には、この仕事にやりがいと誇りを持っている人間もいるが、かなり少数派だ。



もしかしたら、好きなことを仕事にしている人間に聞けば、また違った答えが出てくるかもしれない。


好きなことだけをして金を貰えたなら、そんなに良いことはないのになあ。


やりたくないことをやらずに、嫌いな人とも顔を付き合わせずに、好きなことをして、金を稼げたらストレスが全く無いとは行かないまでも、精神的苦痛を極端に少なく、幸せに生きることができるのだろうか?


「また現実逃避?」


そう呆れ顔で声をかけてきたのは、俺の数少ない友人で、キノコみたいな茶色いボブヘアの女みたいに華奢な男、マシュだった。


「現実逃避なんかじゃない、俺は目標を口にしただけだ」


まあ、本当は半分ただの現実逃避なんだけど。


「そんなに兵士辞めたい?」


もう一つのベッドに腰掛けてマシュが問う。

何十回したかわからない会話に、僅かに苛立ちが生まれる。


「何度も言ってるだろ。辞めたいに決まってる。こんな危険な仕事は」


「僕は、いい仕事だと思うけどなー。民の安全を守るために、日々体と心を鍛えて、いざという時は身を挺して国のために戦う。素晴らしいじゃないか」



「俺はまだ死にたくないんだよ」


俺も初めはそうだった。マシュのように大勢の人間を救うため、この身を賭して戦う兵士に強い憧れを持っていた。だけど、俺は気付いたんだ。目が覚めたと言ってもいい。


自分の強さと才能に。


混沌とした戦場で生き残る自信なんてない。


「俺は自分のために生きたいんだよ」


「当たり前の事だ、戦争が起きれば兵は死ぬ。凡庸な俺は、凡庸に死ぬ。英雄になんかなれないし、なりたいとも思わない。全く思わないでもないけど、なった後が地獄だろう。どれ程の人間に恨まれることか。まあ、そもそもなれるわけないけどな」


顰めっ面を浮かべる友人は何か言いたげにしつつも、結局何も言い返してはこなかった。


英雄になった自分、そんな妄想をする自分自身が恥ずかしくて笑ってしまう。


「それに俺にはやりたいことがある」

「それも一つじゃない。たくさんあるんだ。知ってるだろ?」


呆れた顔を隠そうともせずに、尻の後ろに手をついて天井を見上げる。


「知ってるよ」


一つは格闘術の指南者。格闘術の指南者となって生計を立てたい。空いた時間で強くなって、守りたいものを全て守れるようになりたい。

一つは狩人。自然と一つとなり、厳しくも美しい自然の中で獣と闘いたい。

一つは物書き。今までの後悔や挫折を昇華し、理想の物語を描きたい。

他にもあるけど、取り敢えずまあこんなところ。


「けど、そんなに言うなら早く辞めればいいじゃないか」


また、めちゃくちゃ痛いところを突かれた。


「お前の言う通りだ。やりたくない仕事であり、他にやりたいとこがあるなら、さっさと辞めて、新しい仕事に就けばいいだろうって。本当にその通りだ」


でも格闘指南になるには、実力と経験が足りないし、狩人になるにはそれに加えて伝手もない。物書きで生計を立てるのなんかは絵空事だろう。


それでも、それぞれにおいて少しずつ努力して近付こうとはしているけど、それだけで生きてけるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。


結局、今の俺が生きるためには今の仕事を続けるしかない。のかなぁ…


窓の先で、青い空を自由に泳ぐ雲を眺めた。


いや…もしかしたらあの雲も、決して自由ではなく、風に追いやられて好きでもない場所をただ流されているだけなのかもしれない。


そんな感傷的なことを思った。




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