第12話 意志の王
鐘が十三度、鳴り響いた。
それは王国では“終わりの鐘”と呼ばれる音。
日付が変わる瞬間、魂と記憶を繋ぐとされる禁忌の時刻。
リディアの姿はもう淡くなっていた。
塔の風に溶けていくように、輪郭が崩れ、声だけが残る。
「二人とも、聞いて。
〈心臓〉を壊せば、王国の呪いは消える。
でも同時に、“王家”という概念も終わるの」
セリオは短く息を呑んだ。
「……王国が、崩壊する?」
「形としての王国は残るわ。
けれど、誰も“血”では支配できなくなる。
権力も、威光も、全部ただの幻に戻る」
ノエルが小さく呟いた。
「……つまり、真の平等を生む代わりに、王の存在は消える」
リディアはうなずく。
その表情は、静かな安堵と寂しさを帯びていた。
「私は、それを夢見て死んだの。
“王がいない王国”。
人が人として選び合える未来。
それをあなたたちの時代に託したい」
セリオは瞼を閉じた。
胸の奥で、無数の声がざわめく。
――父王の言葉。臣下の忠誠。
――血筋に縛られた運命。
そして、リディアが言った“疑え”という声。
「リディア。
もし、この鐘を壊せば……君の魂も、消えるのか?」
彼女は静かに笑った。
「ええ。でも、それでいいの。
私たちはもう十分、生きたわ。
残るのは、“想い”だけでいい」
ユリウスがゆっくりと前に進む。
灰色の瞳が、深い決意の光を帯びていた。
「姉さん、僕は行くよ。
これ以上、誰も犠牲にならないように。
この呪いを、僕が終わらせる」
「ユリウス!」
セリオの叫びが、鐘の音に溶けた。
少年は迷いなく、〈心臓〉の前に立つ。
石壁の奥で脈打つ赤黒い光。
その中心には、血のように輝く核があった。
ユリウスは両手をかざし、低く呪文を唱えた。
「〈我、影の王として、血を返す〉」
光が弾けた。
鐘楼が大きく揺れ、空気が軋む。
ノエルが叫ぶ。
「殿下、止めないと――!」
しかし、セリオはその光の中に歩み出た。
ユリウスと並び、彼の手に自らの手を重ねる。
「一人では終われない。
影と王、どちらも同じ血。
なら、二人で終わらせよう」
ユリウスが驚いたように顔を向ける。
「……それじゃ、君も――!」
「いいさ。これが、俺の“意志”だ」
リディアの声が、風のように響く。
「そう……それでいい。
“王”とは、血ではなく、選ぶ者のこと。
――ありがとう」
塔の光が、白く弾けた。
〈鐘楼の心臓〉が砕け、無数の欠片が空に舞う。
鐘の音が消える。
長い夜が、ようやく終わろうとしていた。
静寂。
風のない空。
ただ、二人の少年がそこにいた。
セリオは息をしていた。
だが、ユリウスの姿はもうなかった。
足元には、ひとつの銀の鈴が転がっている。
リディアの鈴。
セリオはそれを手に取り、そっと胸に抱いた。
灰色の光が、朝焼けに溶けていく。
その中で彼は、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとう。
君たちがいたから、俺は“王”を捨てられた」
鐘楼の上空に、白い花弁がひとひら舞った。
それはまるで、リディアが最後に残した“祈り”のようだった。
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