第8話
白い光は、かすかな呼吸のように明滅していた。
その中心に立つ少女の姿は、あまりにも静かで、あまりにも透きとおっていた。
彼女――リディアは、手を胸の前で重ねると、ゆっくりと目を開いた。
その瞳の色は、淡い灰。
まるで長い夢の続きを語るように、彼女は囁いた。
「セリオ・オルドレイン。
あなたが“王の血”を継ぐ者なら、この言葉を聞く権利があるわ」
セリオは息を呑んだ。
ノエルは、杖を構えたまま、慎重に周囲の魔力の動きを見守る。
「私は、五十年前の“王位継承争い”の犠牲者。
表向きは、王妃暗殺未遂の罪で処刑された。
でも――真実は違うの」
その声は冷たくも優しい。
まるで、懺悔と祈りが同時に溶けたようだった。
「私は、弟を守ろうとしただけだった。
彼――ユリウスは、生まれながらにして“王族の血”を引いていた。
けれど、王妃はそれを隠した。
自分の息子が継承者になるために」
ノエルが顔を上げる。
「つまり……ユリウス様は、隠された“正統後継者”だったと?」
リディアは、静かに頷いた。
「ええ。
けれど、真実を知る者たちは次々と消された。
私は、“証拠”を残そうとしたの。
この塔に、記録と血の契約を――」
彼女の声が少し途切れ、揺らぐ。
まるで、語ることそのものが苦痛であるかのように。
「でも、最後の夜……鐘が鳴った瞬間、私は気づいた。
弟を守るために、私が“罪人”になるしかなかった。
王妃は私に剣を向けたけれど、彼女の瞳は泣いていたわ」
「泣いていた?」
セリオが問う。
「そう。
あの方もまた、誰かに命じられていた。
本当の“黒幕”は王妃ではない。
王の影を操っていた、もう一つの血筋――〈第一王系〉」
ノエルが息を呑む。
「第一王系……?
そんな記録は、王家の文献には存在しません」
「存在しないようにされたのよ。
“初代王の弟の血”は、古の呪いを継いでいた。
王冠をかぶる者が二人以上現れたとき、王国は滅びる。
その予言を恐れて、歴史ごと消されたの」
光が強くなり、部屋の影が溶けていく。
セリオの胸に、冷たい痛みが広がった。
「……その血が、俺の中に?」
リディアは目を伏せ、ゆっくりと頷いた。
「あなたの血脈は、“第一王系”の末裔。
王国はその事実を隠し、あなたを〈第二王系〉として育てた。
だからこそ、いまも“鐘の夜”に呼ばれるの」
「鐘の夜……」
「ええ。五十年前の夜と同じ“血の儀式”が、再び始まろうとしている。
もし止めなければ、また誰かが“替え玉”にされる」
リディアの声が、かすかに震えた。
それは幽霊の声ではなく、一人の少女の願いだった。
「お願い、セリオ。
弟を救えなかった私の代わりに――
今度こそ、“継承の呪い”を終わらせて」
言葉の最後が風に溶けると、彼女の輪郭が淡く崩れはじめた。
白い光が細かな粒となって、天井へと昇っていく。
「リディア!」
セリオが手を伸ばす。
しかしその指先は、ただ光をすり抜けるだけだった。
「……これが、最後の記録。
もしあなたが真実を知りたければ――
“鐘楼の心臓”へ行って」
それだけを告げ、彼女の姿は消えた。
残されたのは、閉じられた日記と、ひとつの銀の鈴。
――チリ……ン。
誰も触れていないのに、鈴が鳴った。
その音はまるで、彼女の祈りの余韻のようだった。
「殿下……」
ノエルが静かに声をかける。
セリオは、しばらく言葉を失っていた。
リディアの語った真実は、あまりに重く、あまりに深い。
「ノエル。鐘楼の心臓へ行く。
すべての答えは、そこにある」
ノエルは無言で頷いた。
二人は再び階段を降りる。
塔の外では、夜明け前の空に、一番鐘が鳴り始めていた。
――リディアの言葉どおり、“鐘の夜”が近づいていた。
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