影刀譚
春夏秋 冬
第1話「道場」
月の光が街の建物を照らし、冷たい風が吹きすぎていく。この世界はいつも暗く、妖が住み着く。
俺は刀を鞘にしまい、歩き続けた。
俺の名は零士という。しがない剣士見習い。
俺の刀はただの鋼色で、鋭い。ただそれだけ。
この世界では、人は産まれた時に1本の刀を貰う。
その後、赤子と刀に一緒にまじないをかける。
まじない師が呪を唱え、魂が結ばれるのだ。
魂が結ばれる瞬間、赤子は何かを欲して泣き叫ぶことは無くなり、眠りにつく。起きた時にはもう、立派な1人の人間だ。
刀と赤子は一心同体となり、赤子が成長するにつれ、感情、経験など、色々なものを得て、刀の形が変わり、自分だけの刀となる。
俺は昔から何も感じなかった。
産声をあげず、静かに産まれ、ご飯も静かに自分で食べた。人との関わりを最小限に抑えていた。
刀を貰った時も、刀を目の前に、じっと座っていたらしい。
12になった時、親から不気味と言われ、捨てられた。
俺の隣にはいつも刀があったが、そいつの姿が大きく変わったことは特に無かった。
ただ、成長とともに鋭さが増し、俺の背丈に合うようになっただけだった。
今日も、街の外れに行き、妖を切り倒す。
歩きながら、1匹、2匹と、刀を正確に振って妖を倒していく。
「10匹切れたから終わりか……」
俺は道場に向かい、歩いた。
達成感も、可哀想という気持ちも、疲労感も。
何も感じない。
妖の血が冷えて固まり、黒くなっていた。
冷たい風に吹かれ、不快な匂いがこちらまで漂う。
親に捨てられたあと、師匠が俺を拾ってくれた。
それから約1年が経過しただろう。
日々道場で剣術を習い、剣士になれるよう日々修行を行っている。
街にひとつの道場の師匠。相当な実力者だ。
刀は赤く染まり、熱く熱が籠っている。
「ふっはっはっ!今日もお前が1番か!
寒かっただろ!1番風呂入るか?」
道場に着くと、師匠が笑顔で話しかけて来る。
「いや、みんなと一緒で大丈夫だ。」
靴を脱ぎながら、師匠の方を向く。
「そうか!ゆっくり休めよ!」
師匠は笑顔でそう言い、奥の部屋へ消えて行った。
師匠は熱い人だ。
50人近くいる門下生の面倒を見て、一人一人のことを考え、疲れるのだろうか。きっと疲れるだろう。
そんなことを考えながら俺は、自分の部屋に戻る。
道場に繋がった寮があるのだ。
部屋の広さは6畳。元から机と布団が置いてある。
部屋に戻ったとて、やることが無い。
勉強は必要無い、眠くもない。遊ぶ物も持っていない。……外に出て刀でも振るか。
俺がもし、弱くなったら。
俺にはなんの価値も無くなってしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、素振りをする。
明るくも無い、個性もない、必殺技なんてものも無い。名前の由来だって知らないし、なんの経験も無い。
まあ何でもいい。師匠が俺の存在を認めてくれて、飯を食わせてくれて、生活出来ている。
それだけで良いんだ。俺は。
「零士!お前素振りしてんのか!偉いなー!」
師匠がどこからが出てきて、俺の頭をぐりぐりと撫でる。
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げ、刀を鞘にしまった。
「そろそろ飯だ!下降りてこいよ!」
そう言い、師匠は走り去っていった。
1階に降りると、20人ほどが食事の準備をしていた。
「零士も手伝ってー!」
叶が俺を呼びながら、米を茶碗によそっている。
叶はいつもみんなのことを気遣っている。
俺と同い年の13の女だ。
刀は平たく、大きく、軽くなっている。
攻撃を防ぎやすい形なのだ。綺麗な桜色で。
俺たちが米をよそっていると、他の人たちも妖退治から帰ってきた。
皆疲弊した表情で、腹を鳴らしている。
全員が集まり、食事を始める。
「零士ーまたお前が1番かよー!」
俺の向かいに座っている、明夏が話しかけてきた。
「いや、まあ、そうだね。」
素っ気なく返すと、明夏が俺を睨みつけてくる。
「お前さぁ、もっと喜べよー!!」
明夏は俺のことを初めて友と呼んだやつだ。
食事の時いつも話している。
そんなことを話しながら、食事を終え、皆で風呂に入る。
「お前もっと風呂浸かったら?」
明夏にそう言われたが、僕は身体だけ洗ったらすぐに浴場から出たいのだ。
俺はすぐに身体を拭き、着替えて廊下に出た。
向かいの女子風呂の方から叶が出てきていて、偶然会ったので一緒に部屋まで行くことにした。
叶とは部屋が向かいで、よく話す。
「零士はいつもお風呂早いね〜」
「叶もね。」
「私はみんなより早く入り始めてるからね〜」
タオルで頭を拭きながら、叶は笑う。
叶と別れて、部屋に着く。
部屋に置いてある刀を確認し、俺は布団を敷いた。
まだ早いがやることも無いし、寝るか。
その時部屋の窓からコツコツと音がした。
妖だ。
妖には色々な姿形がある。生物に取り憑くもの、半透明で刀でしか切れないもの。
小動物のような形をしたもの。
すぐに刀を抜き、妖を切り裂いた。
最近妖が増えているらしい。街の外れに固まっているのが普通なのだが、街の中心にあるこの道場まで来るとは。
嫌な予感がするな……
影刀譚 春夏秋 冬 @ABC_0703
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