37:ヒノト帝国軍の混乱
ヒノト軍の見張りを始めた翌日。
一応は自宅に戻った俺は、ユカと交代で短い睡眠をとって不測の事態に備えた。
幸い、夜間は何事もなかったが、二人で肉巻きを食べているとユカがいきなり立ち上がった。
「ピ、ピピピピ」
「……………音はしないだろ」
「引っ張られた力を音に変換するんだよ」
まるで理解できないが、ぴょこんと動くユカは可愛い。
ともかく、現地でタドワが縄を引っ張ったらしい。慌てて肉巻きを口に放り込んで、とりあえずそのまま転移で現地に移動した。
思わず手をつないでしまい、ガラとタドワが神妙な顔で出迎えたのを見て己の過ちに気づいたが遅かった。
まぁ、この時はまだ余裕があったのだ。
「隊長、あれです」
山の下にはヒノト軍が確かにいた。
その数は……、隊列を長くして多めに見せているようだが、せいぜい三百。とてもウドガを落とせるような数ではない。やはり陽動で間違いない…のは良かったが。
「昨夜、ここからギリギリ見える辺りで野営して、朝になって動き始めたのであるが、先ほどから様子がおかしいのである」
「なんだろうね、混乱してる」
素人のユカでも分かるほどにおかしな動き。ヒノト軍の行軍は止まり、せわしなく兵士が走り回っている。
普通に考えれば、部隊の指揮系統の誰かが病気やケガで倒れたとか、そんな感じだろう。
もっとも、たった三百名の陽動部隊だ。箔をつけなきゃいけないような王侯貴族はいないはずだし、じきに混乱は収まるはず。
半日以上は進軍が遅れるから、こちらにとって悪い状況ではない。
「ガラ。お前はもうしばらくここで様子を見てくれ。奴らの混乱が収まって動き出したら連絡頼む」
「了解したっす」
この程度の不測の事態は珍しくもない。
簡単に指示を出してウドガに戻った。
ところが。
「まだ動かないのか?」
「伝令っぽいのが何度か来たっす。人数は千くらいになったっすね」
「うーむ」
それから二日経っても、ヒノト軍は止まったままだ。
ただ止まってるだけならいいが、同じ程度の部隊が二つ合流して、約千人に増えた。
「ウドガに本気で攻め込む気でしょうか」
「スケはそう思うか?」
「私が司令官なら、千人程度では落とせないと思います。隊長もいるわけですし」
「英雄アーサー率いる堅牢なる城にわずか千など狂気の沙汰である」
「身の程を知らぬ者ども…、これも前世の行いか」
だからなんでも前世のせいにするなよ。まぁどうでもいいが。
スケたちが言うまでもなく、三百が千に増えた程度で城は落とせない。いつでも逃げ出せる子爵の領地とは違い、常にヒノトの侵攻に備えているウドガを、半端な兵で落とせないことくらい、向こうも分かっている。
ならば陽動の人数を増やした? それもおかしい。
退却する前提の兵は、できるだけ少ない方がいい。自分たちがどう動くのか分かっていても、人数が多ければ混乱は起こる。
ヒノトの指揮系統はそこまで愚かではなかったと思うんだがなぁ。
首を傾げながらウドガに戻ると、侯爵から呼び出しがあった。
「よく分からないが、ヒノトで何か不測の事態が起きたようだ」
「前線の部隊ではなく、ですか?」
「ああ、本国で何か起こっている。子爵領への進軍も止まったらしい」
反乱でも起きたのだろうか。こっちに攻めてこないのなら、俺たちの出番はなさそうだ。
ウドガが無事ならそれでいい。
ガラの見張りは…、他の隊員を参加させられないのが厄介だが、一日中見張っても無駄な気がしてきた。
「詰所で食う飯は最高っす!」
「お前と食べる朝食は最高とか言ってたよな? 相手は誰だっけ、シャー…」
「隊長、それは忘れてくれっす…」
ユカと相談して、二時間おきにガラたちがトイレに行くふりをして転移し、様子を確認したらすぐに戻る形にした。
もはや裂け目を通ることもなく、合図したらユカが直接転移させている。本気で利用すれば、戦いの形が根底からひっくり返るだろう。絶対に利用しないし、させる気もないが。
「輜重も見かけないので、そろそろ撤退するはずだ。しっかり見張ってくれ」
「背水の陣を敷きウドガを落とすなどと愚かな夢を抱く者やも知れぬ」
「我々を油断させる作戦だと?」
「んなわけあるか。俺たちが見てることも知らないんだぞ」
敵軍の士気は日に日に下がっている。現時点で四部隊千人以上がたむろして、最初は内紛が起こりそうな雰囲気だったが、今は鎧をつけている兵もほとんどいない。
そして食糧が足らなくなったのか、山に入る兵士も目立ち始めた。
ユカの結界は完璧なので、へっぴり腰の敵兵が目の前で弓を構えても気づかれることはなかった。というか、下手くそな狩りまで見張る必要はない。明日までこのままの状況なら、もう見張りはやめても良さそうな気がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます