24:身体強化の訓練



「隊長、最近きれいになったっすね」

「ガラに言われたくない台詞第一位だな」

「ひどいっす、ユカさんに言いつけるっす」

「やめろ」


 新婚半月。

 今のところ俺とユカに、夫婦としての進展はない。

 元から偽装結婚。いや、偽装なのかはわりと最初から怪しいと認めざるを得ないが、出会って二ヶ月の相手なんだから、清い交際をしている。

 清い交際というか、それ以上に進もうとすると自動でシャットダウンされる安全装置が働いているというか、毎晩気絶しているというか…。


「隊長にユカさんがいて、本当に良かったです」

「マンスケ、しみじみ何を言う」

「隊長は…、自分はいつ死んでもいいって感じで危うい人でした。そんな隊長がユカさんを心の底から大切にして、一緒に手を取り合って生きていこうとしているのを見ると思わず目頭が熱く」

「前世の因縁とはかくも得難きものである」

「然様。今の隊長とユカ様には悪鬼羅刹とあれども相対することはなりますまい」


 結局こうなるのか。いつもどおりの会話の流れに呆れつつ、拠点の炊事場の方を眺める。

 警備隊の炊事は、お手伝いで雇っている女性たちと隊員が一緒にするが、場違いな花がらのエプロンをつけた我が妻も混じっている。自炊していた記憶を取り戻すためと上目遣いに頼まれたので、断ることはできなかった。

 もちろん嘘だ。

 ちょっと気を抜くと、訓練に身が入らなくなるほど、エプロン姿のユカは可愛い。可愛すぎて、俺の目の届かないところで炊事されるのが嫌だとまで思っている。おかしい、いつの間に俺はこんなに自己中心的な人間になってしまったのか。



 邪念を断ち切って、訓練場に向かった。

 辺境警備隊というのは閑職だと聞かされていたのに、あれやこれや忙しい。まぁお偉いさんとの面会が減っただけでもマシか。


「よし、みんな棍棒は持ったか」

「丸太は要らないっすか?」

「それは著作権に触れるからなしで」

「へーい」


 五十人の隊員が揃って棍棒を持つというシュールな景色に、以前視察に来た侯爵が唖然としていたのを思い出す。

 もちろん、これは棍棒で戦うための訓練ではない。魔力による身体強化で、身につけた任意の武具に魔力を流す。今はボロい革鎧と革の帽子と棍棒に魔力を流して、金属鎧と武器並みの強度を出すことを目標としている。


「コップに魔力を流して、店の娘に口つけて飲んでもらうぜ!」

「ワ、ワイはズボンの裾を踏んでもらうんぢゃ!」


 ……聞かなかったことにしたい。


 なお、魔力を流せてもその先の感覚まで得るのは難しい。

 警備隊で多少なりともそのレベルに達しているのは、マンスケたち四人くらいで、彼らにしても踏まれて喜べるほどの感覚はないはず。

 俺は……、できたってやらねーから。


「マノカとガラは、俺の訓練につき合ってくれ」

「遂に我は隊長の牙となる」

「自分じゃなくなりそうっすね」

「バカじゃなくなるかも知れぬ」

「うるさいっす、タドワ」


 訓練場の端に角材を立てて、俺が始めるのは要するに他人への身体強化だ。

 一応、帝都にいた頃も訓練はしていたから、魔力を流すことはできる。強化も間違いなくできるが、かけられた相手はバランスを崩して実用には程遠かった。

 それを今さら試すのは、ユカに身体強化され、ついでにアドバイスも受けたから。


「手、手をつなぐっすか?」

「つないで戦えるか、バカ」

「ガラバカは死んでも治らぬとうかがっています」

「次の生にも受け継がれガラバカ二世を名乗るのである」

「お前ら、気が散るからいい加減黙れ」


 相変わらず緊張感のない連中だ。

 まぁ俺の役にも立たない実験につき合わせるから、大真面目に構えられても困るか。


 俺はガラとマノカから少し離れ、二人の全身が同時に見える位置に移動する。

 そして、二人の体内を魔力が流れているのを見る。


 見えない。


 ユカが言うには、別に本当に見えなくていいから、流れている身体として見ろ、と。

 ペンで落書きするイメージでやってみる。

 一応、自宅に置いてあるなんかの賞品の肖像画で練習したが、誰なのか分からない肖像画と生身のバカでは難易度が違う。


 まあいいだろう。

 最初は適当でやってしまえ。

 流れる魔力に合わせるように、少しずつ自分の魔力を流していく。


「む、ムズムズするっす」


 マノカも肩を動かしている。流れたのはいいが、違和感を与えてはダメか…。


「ガラ、マノカ、試してくれ」

「隊長の牙、参る」


 何の牙だよとツッコミ入れたいが我慢して、二人の様子を観察する。

 俺が二人を魔法で身体強化して、二人は角材を訓練用の剣で斬る。

 訓練用の刃を潰した剣なので、普通ならば剣が当たって弾かれるだけだ。


「キエエエエエエ!!」

「おおっ! え、えぐれた!!」


 初めて顔を合わせた時、魔法学院出身のインドア派と自己紹介したマノカの顔が走馬灯のように浮かんで消えた。なんだよその化け物みたいな奇声は。


「お、俺もやるっすよ! チョ、チョンワーーー!!」

「おおっ! こ、こっちもえぐれた!!」


 隊長の可愛い弟になるっすと、初対面からバカだったガラの顔は大して思い出さなかったが、マノカに奇声で対抗するなと言いたい。

 それはともかく、二人とも角材に明確な傷をつけた。いつもより力が上がったのは間違いない。


「身体はうまく動いたか?」

「バッチリっす」

「違和感は皆無でござる」


 二人の返答を聞いて、正直少し驚いた。あんな適当なことしかしていないのに、今までとはかなり違ったらしい。

 さすがはユカ先生だな。



 その後、他の連中にもせがまれて、仕方なく強化魔法をかけ続けた。気がついたら全員にかけて、そして角材には大きなえぐれができた。

 で。

 最後に俺が自力で身体強化して訓練用の剣を振る。

 二本の角材はどちらもスパッと斬れた。やんややんやの喝采で訓練が終わった。




「アーサー、ずいぶん魔力が減ってるね」

「隊長の勤めってやつだ」

「ふーん」


 当直を任せて自宅に帰って、シャワーを浴びてすっきりしたら、ユカが笑顔で俺の手を取った。

 その瞬間、身体が痙攣する。


「放っといても寝れば回復する」

「これも訓練なんでしょ?」


 一瞬ではち切れるほどの魔力がたまった自分の身体。

 さすがに世界が終わる魔法使いは格が違ったようだな。せっかくだから気絶しておこうか。


「えーー?」


 すまんな。俺はいつでも気絶できる男なんだ。

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