3話 ベリー園は魅力的!!
3話 ベリー園は魅力的
黒い膜に触れた瞬間、世界が歪んだ。
視界が引き伸ばされ、圧縮され、ぐにゃりと曲がる。
「うわっ!」
足元の感覚が消失する。
重力が、ない。
浮遊感。
次の瞬間――
ドサッ!
三人は柔らかい何かの上に叩きつけられた。
「っ痛……みんな、無事か?」
サタンが素早く立ち上がり、槍を構える。
奇妙な地面だ。土が妙に黒くフワフワしている。腐葉土のような甘い香りがするが、森を焼いてもここまで黒く、柔らかくはならないはずだ。
「サタン、この辺りは舗装されてるみたいだ」
おしりを押さえ、足をプルプルと震わせながらも平静を装うアダムは、道らしき場所に敷き詰められた石を拾い上げた。
「白い小砂利と、赤茶けたレンガの欠片……」
試しに一歩。さらさらと心地よい音が響く。
「音を出すために白石を混ぜているのか。随分と金のかかりそうな道だな」
アダムが一人ごちる。
「ダハハ! 見ろ見ろ! すごいぞこれ!!」
クレイオスが興奮して叫ぶ。
見れば、巨大な壁の上で黄金の尻尾を振りながら、何かにかじりついていた。
「おい、クレイオス! よくわからない物を簡単に食うな!」
アダムとサタンは互いに顔を合わせると、同じタイミングで壁――いや、壁だと思っていたものに駆け寄る。
「これ……壁じゃないぞ」
サタンが驚く。
それは巨大なプランターだった。
人間の背丈ほどもある、継ぎ目のない巨大な箱。軽く叩いて素材を確かめるも、木のように軽いのにコンクリートのように硬い、何とも言えない材質だった。
二人が壁……いや、プランターの縁に手をかけ、よじ登る。
その瞬間――
「これは……」
アダムが息を呑んだ。
目の前に広がるのは、濃い緑の葉っぱ。
そこから伸びる巨大な赤いベリー。
雫を固めたような三角の果実。
「見たことない果実だ。立て札によると……イチゴ?」
真っ赤に熟し、表面のつぶつぶが宝石のようにキラキラと輝いている。
「ダハハ! 食え食え! めちゃくちゃ甘いぞ!」
クレイオスが両手で巨大なイチゴを抱え、豪快にかぶりついている。
「本当に食べて大丈夫なのか……? やはりリリスにも来てもらうべきだったな」
そう言って警戒しつつも愚痴を言うアダムの横で、サタンがイチゴに手を伸ばす。
ちぎれた瞬間、甘い香りがふわっと広がった。
「……食ってみるか」
ガブリ。
「――!!」
サタンの目が見開かれる。
甘い。
今まで食べたどんな果物よりも、甘い。
そして、みずみずしい。
果汁が口いっぱいに広がり、幸福感が全身を駆け巡る。
「うめぇ……うめぇぞこれ!!」
サタンも夢中でかぶりつく。
「お、おい……お前らまで……」
アダムが呆れるが、その視線は――イチゴに釘付けだ。
「……一口だけ」
アダムも小さく一つ、手に取る。
口に入れた瞬間――
「……なんだこれ」
言葉を失う。
甘さ、香り、食感。
全てが完璧だ。
「やばい……これ、やばい……」
気がつけば、三人ともイチゴを頬張っていた。
「ダハハ! 最高だ! ダンジョンって最高だな!」
「こんな美味いもん、初めて食った……」
「しかしダンジョンってのはすごいな。他のダンジョンもこんな感じなのか?」
がつがつとイチゴを頬張りながらもクレイオスが言う。
いくつか食べてプランターのヘリに腰を下ろす。
そうして一息、ふと振り返ると――
そこは花畑のような景色が広がっていた。
並べられたプランターには色とりどりの花々や可愛らしい実がなり、遠くには果樹園のようなエリアも見える。他にも様々な区画で、それぞれ異なる植物が育てられていた。
白い花、黄色い花、紫の花、オレンジの花。赤い実、青い実、緑の葉。
だが、それ以上にアダムの目を引いたのは――
「なんだ、あれ……」
奇妙な構造をした農作物の区画だった。
畝の列ごとに、しなった枝や鉄の輪のような枠が等間隔に刺さり、その上から"水の膜"のような透明な皮がトンネル状にかぶさっている。
陽光を受けて表面が鈍く光り、雨粒が転がり落ちていくさまは、ガラスの布か妖精の結界のように見えた。
「すげぇ……なんだこれ、魔法か?」
サタンが呆然と呟く。
「ダンジョンだってことを忘れそうになるな」
整然と区画された花壇。
色彩ごとに分けられた配置。
そして、透明な膜に守られた作物たち。
「花……いや、農作物か。アロエやハーブもあるが、野菜や果物が多い」
生活の糧を得るための農業を、芸術にまで昇華させている――アダムはそう感じた。
ダンジョンは周囲の物を取り込んで世界を創ると聞く。古代遺跡の多いこの地域で人工物があるのは不思議ではない。
だが――
「奇妙だ」アダムが呟く。
(さっき出てきた魔物は粗暴で無秩序だった。
なのにこの場所は丁寧に手入れしている。魔物とダンジョンの性質が違っているのか?)
「サタン、気づいたか?」
「ああ、ダンジョンなのに敵の気配がない」
(ん? そっちか)
アダムは内心で固まる。
自分が気になっていたのは「魔物とダンジョンの性質の不一致」だったが、サタンが指摘したのは単純に「敵がいない」という事実だった。
まあ、そっちは気が付かなかったがバレてない、アダムは素直に話を合わせた。
「すなわち奥で守りを固めてると言うことか?」
クレイオスの声に2人はうなづく。3人は仕方ないので食べるのを辞め武器を構えた。
「ほら行くぞ」
……、動か無い
「リリスにチクるぞ」
「もう少し食べたかったが仕方ない」
「卑怯な時間稼ぎだったな」
さも自分らは悪くないとばかりに、2人はうなづく。
「「ああまったくだ」」
「外で戦ってる皆が心配だ、急ごう」
「「オウ!!」」
3人は駆け出した──
「なあこの青いベリーから美味しそうな匂いが」
「これがあればあいつ等のベッドに」
「アロエか、リリスが欲しがってたな」
子供は好奇心旺盛!!
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